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・評価:60点 (夏帆ファンが故のかなり甘甘な評価。夏帆や松下奈緒のファンでなければ、原作・昼ドラ版を知っている知っていないにかかわらず50点以下)
▽続きを読む▽
<あらすじ>(*劇場版)
14歳の時、両親の離婚により、母・美和子(戸田菜穂)に連れられ、母の故郷である島根県に住むことになった水瀬杏(夏帆)。しかし、東京育ちの杏にとって、田舎によくある、やたらと人のことを詮索し、かと言えば当人のいないところでその人の悪口を平然と言う風潮にどうしてもなじめず、好きになれずにいた。
しかし、近所に住む北村大吾(池松壮亮)との出会いが、そんな彼女を大きく変えていく。最初はその愛想のない口調や人使いの荒さに怒りを感じ反発していたが、その裏に隠された優しさを知るにつれやがて打ちとけていく。また、その彼を通じて、地元名家の子息である月島藤・月島椎香兄弟(塚田健太・岡本杏理)と出会い友情を深めていく。嫌いで仕方なかったこの村に自分の居場所を見つけた杏はイキイキと生活するようになっていった。
だが、そんな杏とは対照的に、離婚後ふさぎこんでいた母は、そんな杏の明るさや祖母の美佐代の厳しい叱責により心的に一層追い詰められ、ついに杏を残して自殺してしまう・・・。
母の自殺を止められなかったことに対する自責の念と、母に置いておかれたことによる孤独感に苛まされた杏は、悲しみのあまり、「弱虫」の言葉とともに母からもらった大切な思い出の品である砂時計を遺影に投げつけるのだった。
その杏の悲壮な姿を見た大吾は、遺影に投げつけられたことにより壊れた砂時計を直し、杏に手渡すと共に、「ずっと一緒におっちゃるけん」と彼女を優しく抱き締める。2人の恋の始まり・・・。しかし、それは杏の苦難の人生の始まりでもあったのだった・・・。
<感想など>
フジテレビ製作の「海猿」の成功以降、人気漫画ないしは小説の、「映画化→TVドラマ化→映画化」「TVドラマ化→映画化」という手法がやたらととられるようになったと感じる。
しかし、キャストや製作者を固定したことが成功要因であった「海猿」を除き、「先に公開」された方の作品を後者が超えられていないのが現状である。「世界の中心で愛をさけぶ」「いま、会いにいきます」「タイヨウのうた」などなどが、そのいい例であろう。
で、今更語るまでもない、芦原妃名子原作で少女マンガ史上に残る名作である「砂時計」。原作はもちろん、TBS系『愛の劇場』枠で放送されたTVドラマ版の出来が非常に素晴らしかったこともあり、既に失敗例として存在している上記作品ら以上に、そもそも「映画化する必要があったのか」との疑念が拭えなかった今作。実際に観た結果、この映画にからむ利権で得をしたであろう事務所関係者を筆頭とする業界関係者や出演俳優の熱心なファン以外誰も喜ぶことがないであろう、上記作品らの「後発作品」以上のダメさ加減を見せただけの作品と相成った・・・。
さて、かなり長きにわたり、そのダメダメなこととその理由を書いていくが、とにもかくにも、根本的なところでの構造的欠陥がそのすべての大元になっていると断じることができる。
上記失敗例の作品と今作との決定的な違いは、そもそもの土台となっている作品の分量が圧倒的に多いことである。大方が文量の少ない薄っぺらな小説に対し、今作はコミック全8巻分、テレビドラマで60話分ととんでもない差だ。これだけの内容をたかだか2時間程度の尺にまとめることが、映画論・芸術論以前に常識として無理であることを誰しもが理解できるはず・・・。何故優れた昼ドラ版放送の1年後にわざわざこんな愚行を犯すのか、私にはまったく理解できない。
その結果どうなったかと言うと、今までに散々あった「長尺の作品を無理やり映画化した作品」と同様の(〜個人的に「2時間の京都旅行」か「2時間のディズニーランドまわり」とよく例える〜)、単に重要場面の上っ面をなぞっただけの、原作や昼ドラ版を知っている人にとっては物足りず、未見の人々にとっては、「何でここでこの人物がこういうセリフを言うのか、こういう行動をとったのか」「何でこういう展開になったのか」などがさっぱり理解不能なダイジェスト版と相成った。少しのしつこさやうっとおしさもあるが、とにかく緻密丁寧にあぶりだした主登場人物らの心理描写や人物描写という、「砂時計」の持つ絶対的な見所がどこを探しても見当たらない。
その象徴とも言えるのが、母親の自殺及びそれに絡む描写だ。
杏は、自分が不用意にいった「がんばれ」の一言が母親を死に追いやったと思い(思いこみ)、それが彼女のその後の人格形成・対人関係・恋愛観に大きな影響を及ぼすことになり、杏を苦しめ続けていく・・・。そのため昼ドラ版では執拗に杏が母親に「がんばれ」と言った場面や無邪気な笑顔を見せる場面が繰り返された。当然だ。しかし、こうした演出やストーリー構成があったからこそ、紆余曲折を経て杏と大吾が結ばれる最後にいたく感動するのである。
が、何をとち狂ったか劇場版である今作を観ている限りでは、どうひいき目に観ても杏の存在や行動が母親を追い詰めたとは思えず、どちらかと言うと祖母が母に言った「しゃんとせい!!」の言葉がそうしたとしか思えない。もう、この作品を否定していると言っていいかもしれない。よって原作やテレビにあった、ぐっとくるセリフが出ても全く感動できないのである。
後、あまりに長くなり過ぎるので詳細までは書けないが、他にも、月島兄弟と杏・大吾との関係がきちんと描かれていないことや、母の自殺が杏に与えた影響を際立たせることになる、大吾との恋愛関係におけるライバルとなる女性楢崎歩・月島椎香との大吾をめぐるやり取りや、大吾と佐倉との杏をめぐるやり取りの描写はほぼ皆無(楢崎歩に関しては存在自体なし)で、恋愛・青春作品の主たる見どころである「多角的恋愛関係による、どきどきハラハラ且つ親近感のある愛憎劇」が存在しない。そのくせ、時間的な制約のある映画でやる必要性を見いだせない藤の失踪や椎香の出生の秘密のエピソードに時間を費やしたりと、もうダメダメのてんこもり。
今まで書いたことにも関わるが、もう一つの大きな問題は、大人時代の杏の場面が相対的に多いことだ。と言うか、クレジットで最初に名前が出てくることや予告映像での出演比率をから考えて、あくまで松下奈緒が主役であり、その彼女演じる大人の杏が現在から過去を振り返るという構成となっている。しかし、昼ドラ版においては大人の杏が出てきたのは、全60話のうち44話からだったはず。大人の杏はもちろん重要すぎる役柄とは言え、全体に占める出番の比率は多いとまでは言えない。
まあ、松下奈緒を主役ということにしたい、まさに芸能界大人の事情が故の構成なのだろうが、このことは、ただでさえ長編作品を無理やり2時間程度の映画にまとめなければならないことによる上記弊害を一層助長する最悪な結果をもたらしただけ(このことはもう一つの問題を強調しもしたが、そのことは後述する。)。
挙句の果てに、この大人パートにおける、海辺で息絶えている母親の姿が何度も差し込まれ、または、母親と杏が入れ替わったり、果てまたその母親が死んだ場所である浜辺を、今度は手首を切った杏が「貞子よろしく!!」と言わんばかりに血まみれになりながらはいずりまわったりと、原作にも昼ドラにもなかったB級ホラー的作風・演出も、さらに今作をつまらなくしている・・・。
そして、とどめは主要キャラを演じる役者の魅力と演技か・・・。
ルックスに関しては、女性陣に関しては、概ねいい勝負か、「大人時代の杏・子ども時代の椎香」に関してやや映画版の方が上か、といったところだが、こと大吾・佐倉という今作のキーパーソンとなる男性に関しては、明らかにレベルダウンしている。映画版の男優が単にイケメンではない、ということもあるが、それ以上に見た目が役に適していないからだろう。これでは何のための後発映画版か理解できない。
しかし、それ以上に昼ドラ版との差を感じたのは、役者の演技の差。これは技術的なものと言うよりも、観ていてひしと伝わってくる作品や役に対する意気込み・気迫の差と言った方がいいだろう。これに関しては、昼ドラ版の圧勝であり比べるだけ失礼。単純に演技技術に関しても、大人時代の杏を演じた松下、大人時代の椎香を演じた伴杏里、子供時代の椎香を演じた岡本は昼ドラ版のそれぞれを演じた役者にかなり劣っている。役に対する適性を考慮しない、事務所絡みでの思惑が見え隠れするキャスティングが招いた悪しき結果だ。
で、どれを取り上げても「負け試合」の様相を見せるなか、一人「例外」とも言える圧倒的なパフォーマンス・魅力を発揮していたのが、少女時代の杏を演じた夏帆である。気迫・意気込みこそ昼ドラ版同役の小林涼子に軍配があがるが、それ以外の点に関し、夏帆が圧倒していた。他の何者にも見せることの出来ないナチュラルなビジュアルの美しさと様々な感情を的確に表現できている表情のうまさ、演技の上手さは、一人「映画がつまらなくてごめんなさい。でも、私に免じて許して。」と鑑賞者に訴えているかのように思えてしまう。うるさ型の私も彼女のかわいさに「しょうがない、許してやる!!」と全面降伏するしかない。まだまだ青い女優かと思っていたら、いつの間にこれほどまでの女優としての風格をまとっていたのか・・・。「天然コケッコー」「東京少女」「うた魂」、そして今作を通じ、彼女の女優としての資質・魅力が爆発的に進化発展している。もう、Wあおいや堀北真希に比肩する存在と言ってもいいのではないだろうか・・・。大吾に「会いたいよ」と言っている所や、彼女の胸の大きさと形の良さとをダイレクトに感じさせる自転車の立ちこぎ場面などは、夏帆ファンにとっては煩悩直球の危険極まりない魅力を発しており、夏帆ファンならこの両場面を観るためだけに足を運ぶべし!!と断言する。
だが、このスーパーナチュラルパワーの持ち主である夏帆の存在が、同じ役の大人時代を演じた松下と、椎香を演じた事務所の後輩岡本の演技力のなさ、マンパワーのなさとを浮き立たせる結果になってしまったのも事実。同レベルで役者の魅力・実力が拮抗し魅力を増していた昼ドラ版との、これまた非常に大きな差となってしまった・・・。
そもそも、夏帆演じる役の12年後を松下が演じるのは無理がある。夏帆は綺麗な卵型の顔で肉感的なおっとり天然系の美少女。一方の松下はスレンダーで知的な姉さん系美女・・・。両者にあるあからさまな「胸の大きさ」の差には、観ていて笑ってしまわずにはいられなかった。
映画としては何一つ誉めるところがないが、夏帆のスーパーナチュラルパワーを堪能するために夏帆ファンなら観る価値のある作品だ。
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| 2008/04/30 02:11|映画評|トラックバック:1|コメント:0|▲
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●Perfume 「GAME」 評価:S(名盤紹介入り)

(2008/04/16)
1. ポリリズム 2. plastic smile 3. GAME 4. Baby cruising Love 5. チョコレイト・ディスコ 6. マカロニ 7. セラミックガール 8. Take me Take me 9. シークレットシークレット 10. Butterfly 11. Twinkle Snow Powdery Snow 12. Puppy love (28日、1:12分、「シークレットシークレット」の評価を変更)
<問題点・注意点>
1・近未来テクノ3部作のようなちょっぴりおバカでキュートでキャッチーで、それでいて切ない曲が減っている 2・1にも関わるが、アルバムオリジナル曲において3人のボーカルが生かされていない、単なる楽器以下の役割にとどまっている曲がある 3・エレクトリックベースがやや出過ぎか・・・ 4・8曲目が弱い
今年のシーンにおいて最たる注目どころであるPerfume。女性音楽シーン低迷のなか、久し振りに表れた起爆剤と言える存在ですね。今や嫌がらせとしか思えないパッシングが多発するなどとんでもない状況になっているようで・・・。
それはさておき、今作収録予定の既出曲の存在もあり、かなりの力作になると予想してはいたが、出来あがった作品はその予想を超える非常に素晴らしい出来ですね。
▽続きを読む▽
代表曲「チョコレイト・ディスコ」が収録されている「ファン・サーヴィス」が発売されたほんの1年2か月くらい前では、まだヲタをはじめとした一部の人々にしか認知されていなかったPerfume。その辺りから彼女らの存在を知った私は、「きっと人気が出るだろう」と思ってはいたが、周知のような、シーンの主軸を形成するほどの活躍ぶりを見せるとは全く予想していなかったわけで・・・。本音を言えば、あまりの盛況ぶりがちょっと怖い。 「ノリにノっている」としか言いようのない彼女らの、満を持してのタイミングで発売された1stアルバムにして通算2枚目に当たるアルバムである今作は、そんな彼女らの魅力・実力が凝縮された非常に素晴らしい作品だ。既に多くのアーティストのプロデュース・楽曲提供や、自身率いるユニットでの活動で名を馳せている中田ヤスタカであるが、CapsuleでもなくMegでもなく鈴木亜美でもなく、このPerfumeこそが、彼の実力・魅力を最も的確に反映することのできるアーティストであることを改めて認識させられることしきり。 「ベストアルバム」ではないが、1・4・5・6・11曲目といった、今更語るまでもない完成度・魅力の高さを見せる既出曲の存在もあり、実質の「2ndベストアルバム」と捉えても差支えないだろう。宇多田やBoA、倉木といった超1級のメジャーアーティストのベストアルバムに匹敵するかそれ以上の充実ぶりを、既出曲だけをして聴かせつけており、それだけでも十分に今作を聴く価値・購入する価値があるとすら思える。上記色による各曲評価が示しているように、単曲単位では、今までに聴いたメジャーアーティストのアルバムの中でも一番の評価となった。 作品のレベルをすさまじく高めている、彼女らの醍醐味である「キュートで明快でキャッチーで、イノセンスさと哀愁をも内包した魅力」を体現した「テクノポップ」である既出曲を軸としつつも、アルバムオリジナル曲において、今までにはなかったアダルトさを押し出しているのが、前作との決定的な違いか。これら楽曲に関しては、3・8・10曲目に見るように、どちらかと言うと彼率いるCapsuleや彼が手がけた「ライアーゲーム」のサントラに近い、より「本格的」で「実験的」な作風になっている。「みゅ〜じん」においてやりとりされていた、次のアルバムは「Perfumeを1ランク、2ランク上げるモノにしていただきたい」との関係各社・各者の意向をくみ取ったと言えよう。最近ではフォロワーも登場するまでになったが、一気にそれら面々を突き放す、一連のブームの火付け役である本家としての意地・実力を十分に見せつけた形となったのではないだろうか。10曲目は、そのことを雄弁に示した曲のように思う。 しかし、これほどの高評価にしたにも関わらず、今作には今後のPerfumeを考える上で深刻な問題になるのではと思うことも散見された。「好事魔多し」である。 Perfumeプロデューサーでありすべての曲を担当している中田ヤスタカは、ぶっちゃけた話、これといって独創的なことをやっていないと思う。彼を含めた、Perfumeに携わっている製作・販促関係者は、 「女の子3人組みという、7・80年代アイドルを意識させる編成やキャラクター性」「テクノポップスを土台とした音楽」「80年代的ダンス&PVを主軸としたイメージ戦略」「オタ層を主軸とした販促」「90年代の渋谷系カルチャー」「エフェクトヴォイス」etc... といった、既に先人らがやり、そして今の時代において支持されなさそうな・そんなに魅力とはならなそうな個々の要素を巧みに抽出・再編成したに過ぎない。それが、Perfumeの最たる支持層であり今の社会の中心でもある20代後半〜40代前半くらいの人々に強く訴えかけるモノがあり、今日の活動ぶりをもたらした・・・。かなり冷たい言い方であるが、冷静に考えてみるとそう思う。 「Quick Japan」の74号において、Pefumeを支持する業界人の代表である宇田丸が、<Perfumeという「奇跡」>というタイトルで文章を書いているが、「奇跡」と書いているのはまさにその通りで、キャッチーで耳当たりの良い曲を軸としつつ、上記Perfumeを構成する多くの魅力や特性が絶妙のバランスでかみ合っているからこそ、「Perfume」は「Perfume」足り得るのである。その奇跡とも言うべき特殊性が故に、その個々の構成要素の質及びそれらのバランスに狂いが生じた場合、彼女らを魅力たらしめていた要素がマイナス要素となりかねない、という危険性が常に潜んでいると思う。 で、今作において、そのバランスを微妙に崩しているなと思うのが、他ならぬ中田の楽曲だ。 楽曲の良しあしについてはともかく、3・8曲目といった曲において、Perfumeの魅力であった「メインを作らず3人交互に歌う&コーラスワーク」や「機械処理されてはいても個々の特色のあるボーカル」「イのセンスでキュートな世界観」といった要素が感じられない。もはやボーカルがボーカルとしての機能を果たしていないようにすら思える。同一メロディーの繰り返しという単調な構成も気になるところ。やたらと何曲かにおいて強調され過ぎているエレクトリックベースの存在もそうで、キャッチーさや哀愁を損なう要因となっており、「Perfume」ならではの魅力を、彼女らがやる必然性をあまり感じ取れないでいる。 上記文章と似たことをあえて繰り返すが、上記様々な要素を内包してこそのPerfumeであり、そうでなければPerfumeではない。テクノを土台としつつも、決して本格的とまでは言えない、上記要素を含んだ「なんちゃって」な部分を、そうであっても大真面目に、高次元にやっているからこそのPerfumeであることを忘れてしまい、「いかにも本格的」っぽさを追求している特に8曲目のような曲は、個人的にいかがなものかなと思わずにはいられないのである。初期の頃のような「ゆるさ」や「バカっぽさ」がもう少し欲しかった。具体的曲名で言えば、「エレクトロワールド」や「リニア・モーターガール」のような・・・。
| ・アーティスト評価 |
歌唱力 | 8 (→) |
| 作曲 | 9 (→) |
| 編曲 | 9 (↓) |
| 独創性 | 9 (→) |
| 安定性 | 10 (↑) |
| 格 | 9 (↑) |
| 総合 | 9 (→) |
| 熱中度 | 10 (↑) |
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| 2008/04/24 23:49|アルバムレビュー|トラックバック:0|コメント:8|▲
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●101A 「lethe」 評価:A+
ジャンル:ポストロック ノイズロック グランジ エレクトロニカ ミクスチャー インダストリアルミュージック プログレ

(2008/1/16)
視聴はhttp://www.myspace.com/101amusicかhttp://www.rsst.tv/artist/101a/index.html
1・ 雪の世界 2・migration 3・ heart(ほぼインスト) 4・ LETHE (語り) 5・ Eugene 6・Miranda lethal weapon 7・詩片 8・ serpent (ほぼインスト) 9・ shellfish 10・ lull <問題点・注意点>
1・日本語詞がほとんどない 2・歌の比率がやや少なめ 3・聴き手を選ぶ作品性
▽続きを読む▽
日本生まれの日本人アーティストであるのに、日本人からの評価・注目・知名度よりも海外からのそれの方が高い、とまでは言わないが、そうも言いたくなる状況である場合がある。特にへヴィー系ミュージック、ポストロックに関してはその傾向にあると言えるだろう。これらジャンルは、日本のメジャーにおいては、ほとんど歯牙にかけられていないが、フィメールへヴィーミュージックやフィメールゴシックが隆盛している欧州では注目度はかなり高い。優れた実力者でひしめく日本のシーン及びそれを構成する日本人アーティストに欧州の人間が注目することは、当然の帰結である。 2000年より、vocal&guitar担当のnoahとbass&prog担当のthekによるユニットとして活動し、2007年にドラマーが加入し3ピースの形態となったポストロック、インダストリアルミュージック系バンド、101A(ワン・オー・ワン・エー)もそういうアーティストの典型例であろう。このブログを見てくださっている方の多くが知らない可能性が高いだろうし、業界的にも知れ渡っているとは言えないが、2005年より英国でライブ活動を開始し、2006年にはフジロックにも出演。2007年には、Fire fox Festival 2007に出演し ヨーロッパツアーを行うなど欧州や韓国を主軸とした海外で積極的な活動をし、各々のライブ開催地でも高い評価を得ているようだ。中でもフランスからの人気は結構あるようで、Anim'Est 2006のイベントに参加し、インタビュー&サイン会が催された程の盛況ぶりであった。( http://jp.youtube.com/watch?v=B-CdumIletI&feature=related)( http://jp.youtube.com/watch?v=hBn7x5j9FeY&feature=related)。 何かこういう現実を見るに、同じ日本人として無性に悲しくなってくるが、3rdアルバムとなる今作は、そんなこと関係なしに「素晴らしい」と言い切れる作品だ。日本のアングラへヴィーミュージックシーンの充実ぶりや懐の深さを改めて感じさせてくれる。 作風としては、広義でポストロック・シューゲイザー・インダストリアルミュージックなどなどといったジャンルに区分されるであろうが、上記ジャンルと密接なかかわりを持つプログレやミクスチャー、グランジ、エレクトロニカといった音楽をも内包した、ジャンル区分不能の多様さ、複雑さ、スケールの大きさを聴かせつける。 このバンドならではの特徴であり魅力であるのは、幽玄且つ繊細で官能すら感じさせる神秘的で美しい音楽性と、極めて暴力的で退廃的な音楽性とを絶妙かつ鮮明に、収録曲を通じて並列・対比・共存させていることに尽きるだろう。 インディーズバンドが故の、自宅録音が故の音質面でのラフさや薄さがどうしても否めないが、音楽そのものの完成度・質は非常に高く、ボーカルとギターを担当する才色兼備の女性noahの、吐き出すかのような狂気の歌唱と、それと相対照的な囁くような繊細で美しさや、優しさ、温かみを感じさせるファルセットを絶妙に使い分ける、同じ人物が歌っているとは思えない程多様な感情表現に、攻撃的で鋭く、大きな歪みを見せるリフ。そして、同一旋律の反復を基調としたアンビエントな打ち込み、巧みなシンセワークや音作りに力強くタイトなドラミングの絡みが、何とも言えぬ、心の疼きやプレッシャーを感じさせてくれる不思議な音楽世界を構築する。絵画的な芸術性や思想性が強く出ることの多いこの手の音楽ではあれど、101Aの音楽は、そういった側面もあるにはあるが、感情過多でダイレクトに感情・心に訴えかける作風や、荒々しくゴリゴリなサウンドのカッコよさは、どちらかと言うとロック・ハードロック・グランジの根本的魅力である暴力性や退廃感が色濃く出ており、音楽的にもそちらの方に近いように思う。 日本語詞がほとんどなく、歌の比率も少なく、さらにその音楽性もあり、フィーリングが合わないと聴くに堪えない作品となるのは必至だが、逆に言うと、求める人にはとことんはまる可能性が高い作品であるとも言える。上記リンクで音源なりライブ映像なりを観聴きして判断していただきたい。 かつてのグランジや情念系といった音楽が好きな人にお勧めの作品。
| ・アーティスト評価 |
歌唱力 | 8 () |
| 作曲 | 8 () |
| 編曲 | 8 () |
| 独創性 | 9 () |
| 安定性 | 8 () |
| 格 | 9 () |
| 総合 | 8 () |
| 熱中度 | 8 () |
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| 2008/04/22 02:21|アルバムレビュー|トラックバック:0|コメント:2|▲
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まあ、恒例?となりますが、おおよその番組で1・2回目の放送が終了したこともあり、春のドラマ評やっていきます。まだ放送されていない番組も含め、今回の評価対象作品は、
・「瞳」 ・「絶対彼氏・完全無欠の恋人ロボット 」 ・「おせん」 ・「ホカベン」 ・「ラスト・フレンズ」 ・「パズル」 ・「キミ犯人じゃないよね?」 ・「Around40〜注文の多いオンナたち〜 」 ・「トップセールス」
ま、今回も、いつもどおりといえばいつもどおりですけど、結構厳しい評価・感想になりますね。
一応今回の評価・評論のキーワードをあげておきますと、「若手女優第一世代の逆襲?」に「相変わらず複数作品で同じ俳優が重要役を演じている」となりますか。
▽続きを読む▽
・瞳 ××
最初は良かったものの、終盤、特に師匠が死んでからの展開が最悪で、結局主役であるB子が一体何をしたかったのか、何のために落語界に入ったのかといった作品の根幹にかかわるテーマの提示を放棄した形となり、ここ数年の朝ドラにおいても最悪の出来となった「ちりとてちん」(事実、最終話の視聴率は歴史的な低さだったらしい)。
その後を受けた今作であるが、前作と同様かそれ以上のつまらなさ。既に4週目が始まったが、ツカミの出来の悪さに関しては、歴史的ダメダメさ加減としか言いようがない。すべてが酷い。
まず、話。ここまで放送回数を重ねても、いったい何を描きたいのか見当がつかない。本来は主役であるはずの榮倉演じる役がほとんど脇役レベルの扱いで、おいしいところを西田敏行に持っていかれていることもその大きな理由であるが、それと同じくらいに、里子である男の子の「全科目のテスト放棄」の話に端的に象徴る、話の展開の無茶苦茶加減にイライラしてくる。
確かに近所の店がつぶれて、自分の所の店の将来に不安を持つ心理は当然であるが、だったら尚のこと優秀な成績で特待生なりになるなどして、西田演じる里親の負担を減らすことこそが、この男の子の取るべき道だろうに・・・。全く共感できないし理解も出来ない。
そして、極めつけは、ヒロイン演じる榮倉の演技力の低さ、魅力のなさだ。
脇役としてはそこそこ魅力を発揮するが、ほんと主役としての彼女はかなり酷い。一つは、一番の問題である演技力。とにかく稚拙。表情にしろセリフ回しにしろ、単調に過ぎる。いいのは、笑顔くらいだけ。
そして、高すぎる身長と頭身バランスの悪さ、及びその両方に反する童顔がダメさに拍車をかけている(同じくらいの身長である松嶋菜々子や伊藤美咲、松下奈緒にはこのような不満はない)。
他のおっさん俳優らや若手女優と比べても圧倒的に背が高い割に、露骨に小さすぎる顔は引き気味のアングルで集団で映った場合、構図としていびつで収まりが悪い。彼女自身には責はないが、モデルとしては素晴らしく且つ芸能世界で活躍できるきっかけとなったルックスが、こと女優業を考える上ではことごとくネックとなっている。
正直、彼女の出演してきた作品のほとんどを観ているが、その中で演技・内容とも水準以上の出来であった作品は「渋谷区円山町」と「ダンドリ」ぐらいなものだろう。はっきり言って彼女を主役として有用に起用することは難題でしかないと思う。
そして、演技力や頭身バランス程ではないが、結構痛いのが運動神経のなさ。設定ではダンスの専門学校に受かったのであるが、その踊りを観ている限りその説得力はゼロ。動きが悪すぎる。彼女に運動神経がないことは、他の誰よりも本人が認めていることであるのに、何故業界は彼女を積極的に「ダンス」作品に起用したのだろうか。理解できない。それでも「ダンドリ」では可愛い笑顔と長い手足と、撮影の工夫、他にも多くの人物を起用したことによりそれなりのものを見せられていたが、流石にソロのHIPHOPダンスでは、吹き替えでもしない限りごまかせようはずもなく・・・。そもそも、これほど長身のHIPHOPダンサーってのもいないだろう。ハウスやジャズダンスならいざ知らず、この手のジャンルは長身だとやりづらいはず・・・。
というわけで、第三週が終わって時点で挫折。大後寿々花が登場する5月17日から再び観ることにする。
・パズル ××
「瞳」と並ぶ今クールワースト作品。今までのイメージを払しょくしようとする石原の心意気は評価したいが、内容が結果を全く伴っていない。前作である「4姉妹探偵団」もかなり酷い出来だったが、今作もいい勝負だろう。何でテレ朝のミステリーってこうもダメなんだろう。未だに「トリック」の成功体験が忘れられないからだろうか・・・。緩くてグタグタにすれば作品が面白くなるとでも思っているのか?
しかも、今クール、テレ朝は今作と「キミ犯人じゃないよね?」と、同種のミステリー作品を2作放送している。番組制作関係者はいったいどういう頭の構造をしているのだろうか?
まあ、それはともかく、そもそもの主役である石原の設定が酷過ぎる。教師歴10年で且つ実際には英語が苦手、という設定は無理がありすぎる。せめて教師としての実力は並か優秀にした上でこの性格の悪さにすれば良かったのに・・・。石原のファンでも何でもない私なので、岩田さゆりを鑑賞動機に観続けることはできない。
<余談> ところでその岩田であるが、個人的にはまあいいかなと思ってはいたが、横でこの番組を観ていた母親が「この子ブサイク」「個性ない」などなど、番組放送中ずっと言っていたので、流石の私も凹んでしまった。う〜む・・・。しかし、血は争えん。
・トップセールス ◎
今クール高評価作品。前作の「刑事の現場」は酷かったが、総じて良質な作品を輩出しているNHK土曜9時枠。今作は非常に面白い。その当時の時代性・社会性・文化を切り取ったしっかりとした内容と、何より主役を演じている夏川の存在感、演技が素晴らしい。今作の主役のような、男勝りでバイタリティー溢れ、それでいて人間的な面白さや繊細さや美しさも兼ねた女性を的確に演じることのできる数少ない女優であろう、彼女は。これからトップセールスに上り詰める彼女にいかようなことが起きるのか、楽しみだ。
しかし、唯一の問題は、主役の夏川が「無理な恋愛」においても主役級の重要役を演じていることだろう。どう考えてもあっちの作品で演じる必要性を感じない。総評のところでも書くが、今クールでは瑛太と夏川が複数作で極めて重要な役を演じているが、何故そうする必要があるのだろうか?
ここ数年に顕著なこの風潮には心底嫌気がさす。脇役としてならまだ許せるところなのに・・・。
今回はここまで。続きはまた。
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| 2008/04/21 00:59|ドラマ・テレビ番組評|トラックバック:0|コメント:0|▲
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個人の音楽評論ブログなんてものは数限りなくあれど、自分がそれらを見ることができる時間には当然限りがあるわけで、当然見るブログの数も限られてきます。特に自分を取り巻く環境が激変してからというものの、ブログの執筆どころか見ることすらままならない日も多々あります。
しかし、そういった中においても欠かさず見るブログの一つに、相互ブログしているリアノンさんが運営している「日本の歌姫」(http://blog.livedoor.jp/rhianon_n/)があります。
リアノンさんと私とでは、そもそものブログ運営スタンス・レビュー方針、取り上げるアーティストに大きな違いがありますが、邦楽歌姫を積極的に取り上げる点では共通しておりますし、共に好きなアーティストも少なからずいます。このブログをご覧になっている方の中には「えっ!!」と思われる方もいるかもしれませんが、リアノンさんからは非常に大きな影響を受けています。学ぶことも多いですね。
まあ、リアノンさんにとっては失礼千万でしょうけど、「光あってこその闇」の如く、メジャーアーティスト中心に取り上げられる彼のブログの「裏」的なブログとして自分のこのブログを勝手に位置づけているのですよね。「朝日新聞」「読売新聞」に対する「週刊現代」「週刊ポスト」とでも言えばいいでしょうか
彼のブログと私のブログを見れば、邦楽歌姫についてなまじの音楽雑誌よりも網羅できるのではないかと思っているわけでありまして・・・。いやマジで・・・。まあ少なくとも自分のブログに関しては自惚れ以外の何物でもないでしょうが・・・。
と、前置きが長くなりましたけど、そんなリアノンさんのブログにおいてhttp://app.blog.livedoor.jp/rhianon_n/tb.cgi/51310896、上半期の有力アルバムが公開されていましたので、それをパク、いや、リスペクトして私もやることにいたしました。
▽続きを読む▽
●Sランク候補作
・Perfume 「GAME」 ・101A 「Lathe」 ・miimi 「ephyra」
●A〜Sランク候補作
・宇多田ヒカル 「HEART STATION」 ・mass of the fermenting dregs 「MASS OF THE FERMENTING DREGS」 ・川田まみ 「SAVIA」
●Aランク候補作
・Gulliver Get 「episode~桜の木の下で~」 ・タイナカサチ 「Love is... 」(初回限定盤DVD付) ・ステファニー 「ステファニー」(初回生産限定盤)(DVD付) ・melody. 「Lei Aloha」 ・島みやえい子 「ひかりなでしこ」
などなどですかね。残念ながら現時点では少し不作の様相を見せています。今のところ間もなく発売される作品・発売されているが未聴作品で上位作品候補になりそうな作品は、
・kacica 「MOSAIC」 ・中川翔子 「Big☆Bang!!!」 ・奥華子 「恋手紙」 ・Superfly 「Superfly」 ・安藤裕子 「chronicle」
ぐらいかな。とりあえず上半期に発売予定が立っているものに関しては・・・。後はランキングの選出対象外となりますが、マクロスフロンティアO.S.T.「フロンティアNOW」 ですかね・・・。
他に「これは!!」との作品がありましたらお教えください。
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| 2008/04/20 19:01|未分類|トラックバック:1|コメント:16|▲
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・評価:50点 (金城武か小西真奈美のファンであれば、プラス5〜10点くらい)
予告を観た感じの魅力のなさ&個人的に伊坂幸太郎が大っ嫌いという2大要素があり、きっと「地雷作品」だなと思い、個人的に大好きな小西真奈美が出演しているにも関わらず意図的に避けてきた今作。だが、知人何名かの強い推薦やそこそこの作品を作っている「ROBOT」製作ということもあってようやく観にいってきた今作。
しかし、結果としては上記当初の個人的不安がモロに適中してしまったダメ作品に相成ってしまったとしか思えないでいる。ポイント累積で無料で鑑賞したとはいえ「もったいない」との思いでいっぱいだ・・・。
▽続きを読む▽
<あらすじ>
千葉(金城武)は、死ぬことが予定された人間を7日間観察したのち、「実行」=死か「見送り」=生かを判定するのを仕事としている「死神」だ。何故か「ミュージック」を「人類最高の発明」だと称え、愛してやまないという変わった面もあるが、他の死神のように判定する相手に感情を挟むことなく淡々と職務をこなしていった。今回の判定対象となっている、電器メーカーの苦情処理係に勤務する27歳のOL藤木一恵(小西真奈美)に関しても、当の本人が「人生に未練はない」ということもあり、いつもの如く「実行」になるはずだった・・・。しかし、彼女との出会いと、彼女に下した判定の結果が死神である彼にすら予想もつかない事態をもたらすことに・・・。
<感想など>
世間や業界からいくら賞賛され、もてはやされていようと個人的に全く評価できない、好きになれないエンタメ関係者が居る。今作の原作本の執筆者である伊坂幸太郎は、まさしくその一人。彼が執筆した作中主人公に共通する「自分だけは特別」「自分だけは何をやっても許される」と、やたらと自分を絶対視する魅力も減ったくれもないバカな人物描写と、その人物をして語らせる作者の政治・社会・時世に対する考え方は、はっきり言って観ていてうんざりしてくる。出世作であり、2009年には映画公開されることが決まっている「重力ピエロ」や既に映画化公開された「陽気なギャングは地球を回す」はその典型で、個人的には赤点以下レベルの点以外つけようのないゴミ作品だ。彼の人間性・作家性を一言で表現すると「いちびり」。故に私は彼を「いちびり伊坂」と称すことにしている。
よって、この人物が原作者という時点で何ら期待が持てなかったのだが、映画版である今作は、ダメ作品ではあるが、同時に「珍作・奇作」に近い意味不明な点が目立つ作品になったようにも思う。
それらの要因が、伊坂執筆の原作本からくるのか、それとも現在フジテレビ系列ドラマ「ロス:タイム:ライフ」でダメっぷりを見せている筧昌也監督のセンスのなさからくるのか分からないが、意味の分からないところ、スベッているところが多い。真剣にやっているとしたら寒すぎるし、ウケ狙いでやっているとしたら尚酷過ぎる・・・。
この作品、それぞれの別の時代と登場人物を扱った3部構成で、最後に1つの話として収束する、という王道のオムニバス構成である。が、まず、つかみである小西真奈美主演の第1話の、特にオチが酷い。ネタばれになりすぎるので詳細はあまり書けないのだが、小西演じるヒロイン藤木一恵がストーカーという概念なき時代にストーカーとしか言いようのない人物に付きまとわれる、という描写を殊更に見せ、そのことが「実行=死」につながるのでは、と極めて王道且つベタベタな展開を鑑賞者に思わせておいて実は・・・。という流れになるのだが、その思わせぶりな展開と「オチ」との間に論理的・構造的隔たりがあり過ぎで、まったくもって機能しておらず説得力にも欠ける、と言うよりもあからさまにおかしい。ある才能にほれ込んだとしてもこのようなアプローチ方法は、対人関係や社会人としての常識を考える上で絶対にありえない。結局話の種明かし部分は、真にストーカーな人物が警察などに捕まった際にするであろうトンデモな言い訳と同レベルの論理性・説得力しかない。観客を作品の世界観に引き込まなければならない1話目での失敗のほとんどがここに集約されてしまっている。よって、後々の2話を経て1つの作品になるとことを当然の如く理解出来ているからこそ、まずの1話終了の時点で完全にブツ切れ感を出していては、お話にならないのである。
で、人類世界に精通していない金城演じる死神と、彼が好きな「ミュージック」に絡むギャグやオヤジギャグ的ダジャレのオンパレードが、このグタグタさに輪をかけてしまっている。時代性やそもそもの種族の違いから端を発す「カルチャーギャップ」「ジェネレーションギャップ」をギャグの基盤にするのは、エンタメのセオリーであるが、それがここまで上手くいっていないのはある意味見事としか言いようがないだろう。金城の、台詞が長くなるととたんにボロを出すセリフ回しの稚拙さは、人類に精通していない死神のキャラクター性を表現する上ではそれなりの効果を発揮しているが、ギャグ面に関してはより寒々しくすることと今作の珍作ぶりを見せつけることにしか繋がっていない。
そして、もう一つ理解しがたいのは、富司純子演じる老美容師が主役となる最終話において登場する、奥田恵梨華演じる少女アンドロイドの存在。奥田は結構かわいらしくていいのだが、単に1話からの「かなりの時間の経過」を認識させる以外の存在価値を全く見出せない。1話の最後といい、少女アンドロイドの理解不能な登場といい、「日経エンタテイメント」の2008年4月号では「ヒットメーカー列伝」において取り上げられもした筧の根本的なところでのセンスのなさが噴出しまくっている。勘弁してほしい。
筧や伊坂とは関係ないが、2話で下っ端チンピラを演じた石田卓也の、相変わらずのワンパターン演技にも辟易する。役柄の問題もあろうが、彼自身の演技・魅力の問題もあろう。松田兄弟といい、松山ケンイチといい、この石田といい、この程度の人物らが中心となって支えられている若手男優シーンのレベルの低さにはただただ悲しくなってくる。
しかし、そんなこんなの今作ではあれど、死神を演じた金城や藤木一恵を演じた小西真奈美、老美容師を演じた富司らのマンパワーと、最終場面のすがすがしさは良かったと思う。文句を散々言いながらもこの点数なのはそのため。
逆に言うと、きちっとしたストーリーや演出さえされていれば、もっと良くなったと思うことしきり。「ロス:タイム:ライフ」や今作のような作品しか作れない筧は、自分が死神なら間違いなく「実行」の判定を下す。
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| 2008/04/19 02:03|映画評|トラックバック:0|コメント:0|▲
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以前こちら→http://badtzmaru.blog34.fc2.com/blog-entry-576.html
でレビューしたschool food punishmentの1stアルバム、「school food is good food」ですが、先日のファイナルライブを聴いて以来、レビュー当初の評価よりも高くなってしまい、今では2ndアルバムをしのぐのではと思う程にはまってしまっております。
よって、当初のAA評価を改め、名盤入りのS評価に変更いたしました。本来なら一度決定した評価を変えることなどないのですが、ここは評価を変更することによる「恥」よりも、自分の良心や音楽への気持ちを優先させたが故の特例とご理解くださいますよう宜しくお願い申し上げます。
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| 2008/04/18 01:50|アルバムレビュー|トラックバック:0|コメント:0|▲
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●Gulliver Get 「episode~桜の木の下で~」 評価:A
ジャンル:ポップス ロック ジャズ フュージョン ファンク

(2008/3/12)
1. 桜の木の下で 2. 夜更けに手紙 3. ピタゴラスの休日 4. 瞬きの瞬間に 5. Call my name 6. 深海
<問題点・注意点>
1・全くの隙のない優等生的手堅い作りが隙か・・・
▽続きを読む▽
1stフルアルバムからわずか3か月で発表されたミニアルバム。何でこのタイミングで?との疑念は拭えないが、GIZA待望の実力派バンドにふさわしい良作に仕上がった。 流石に前作発表から月日が経っていないだけに、ジャズ・フュージョン・ファンクといった音楽を巧みに織り交ぜたロック・ポップスという基本的な作風に変化はない。 ただ、より聴いていて、春の季節やそれに即した「別れ」をテーマにした、視覚的にイメージが湧いてくる映画・ドラマのようなストーリ仕立ての詞になっているのが、前作との大きな違いか。収録6曲に関し、5人のメンバーそれぞれが作曲した5曲+メンバー全員で共作した1曲という構成から分かるように、音楽制作集団としてのアーティスティックな面と確かな力量を確かに感じ取ることのできる、其々に特色のある楽曲となっている。そして、アヤヲの確かな技術と表現力のある歌唱が、その曲ごとの「ストーリー」を的確に紡ぎあげていく・・・。 うむ、楽曲のみならず、演奏、曲目、ジャケワークに至るまで全くケチのつけようのない確かな構成である。が、この「手堅い」構成こそが、このバンドの唯一の弱点のように思えてならない。やっていることのレベルはかなり高く、間違いなくシーンにおいても上位の実力・魅力があると言っていいだろう・・・。しかし、率直に言って「おお!! これは!!」と思える意外性が皆無。予定調和で枠内に収まっているという印象が拭えないのである。上手いのだが凄さや圧倒されるものはない。これが、今から数年前であれば、恐らくこの評価以上の絶賛をしていたことだろう。しかし、ここ数年において劇的なネットツール(ブログ・mixi・Youtube・ニコニコ動画・・・)の発達により、今までであれば知らないままで終わっていたであろう凄腕のインディーズアーティストと容易に出会えるようになったことが、彼らだけでなく、根本的なアーティスト評価・楽曲評価基準を変えるに至ってしまったのである。もう一皮むけ、何らかしらの凄味・魅力を見せてくれない限り、評価・尊敬するアーティストではあれど、個人的に特別なアーティストになることはないだろう。だが、今のGIZAでは、そこまでの挑戦を彼らにさせるだけの余裕や育てていく環境がないのも事実・・・。とりあえず、長きにわたる活動をしてくれることを願ってならない。
| ・アーティスト評価 |
歌唱力 | 9 (→) |
| 作曲 | 9 (→) |
| 編曲 | 9 (→) |
| 独創性 | 9 (→) |
| 安定性 | 9 (→) |
| 格 | 8 (→) |
| 総合 | 9 (→) |
| 熱中度 | 8 (→) |
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| 2008/04/16 09:53|アルバムレビュー|トラックバック:0|コメント:0|▲
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●YUI 「I LOVED YESTERDAY」(初回生産限定盤)(DVD付) 評価:C−

(2008/4/9)
1. Laugh away 2. My Generation 3. Find me 4. No way 5. Namidairo 6. Daydreamer 7. Love is all 8. I will love you 9. We will go 10. OH YEAH 11. My friend 12. LOVE & TRUTH 13. Am I wrong?
<問題点・注意点>
1・稚拙すぎる歌唱、作詞 2・ロック調の曲が多くパターンも似通っている 3・前作のような強力なシングル曲がきわめて少なく、全体的に楽曲のレベル・印象が薄い 4・前作の良曲をPVが収録された初回版限定DVDの存在
▽続きを読む▽
いろんなアーティストを見聴きしていると、ある一定の割り合いで必ず「ビックになってダメになっていくアーティスト」が居る。デビューから1stアルバムまでは、今後10年の女性音楽シーンを支えていく中心人物になるとすら思い、高く評価してきたYUIは、どうやら久々に出たその例ではないかと・・・。前作で彼女に対して膨らんでいった不満・不安は今作をしてもう決定的なものになってしまった。正直とんだ見込み違いだなと、がっかり感でいっぱいだ・・・。 今作、と言うよりも、今のYUIの根本的な問題は、前作のレビューにおいてもそれらしきことを書いたが、「商業的な路線の強化」と、そもそもの「アーティスト・ボーカリストとしての技量・魅力」が合っていないことに尽きる。前作以上に全体的にロック色が強くなった点は、その端的にして最たるものであると言えよう。このことが今作にある数多問題の元凶となってしまっている。 もともと如何にも素人的な、アコギ携えての引き語りスタイルにちょいアブリルっぽいロック・パンクのエッセンスも加えた多様性のある作風に、歌唱は稚拙ながらそれを全く問題とさせない等身大の歌詞と情感の乗った歌唱、そして しっかりとした作曲に基づいた楽曲の良さがあってこその彼女の魅力であり、躍進の理由でもあったはず。しかし、今作においては、そんなこと何処吹く風のごとく、上記赤字評価曲をはじめ、どの曲を聴いても代り映えのしない単調なロック、ロックバラード曲のオンパレード。そこには、かつての楽曲のように聴いていて切に伝わってくるものが微塵もなく、あるのは、歌唱技術・声質・作詞・楽曲各々の稚拙さと単調さと雑さであり、及びそれらの悪しき相乗効果がもたらす「幼稚で独りよがりで軽薄」な世界観だけだ。 作詞に関しても、普段それをほとんど意識することがない私でも「酷い」と思ってしまう程の出来。あまりに青くさ過ぎる。アコギ一本で路上ライブをやっていた3〜4年前の高校生時代ならいざ知らず、すでに夢を追いかける立場などではなく、若くして成功者となり且つ今年21歳になる女性が書くようなものではないだろう。初期のころと比べ、もはや彼女自身の地位が曲の世界観に対する説得力を奪い去ってしまっている。かつての浜崎と同じだ。 この辺りのところは、彼女の初期のシングルや、1stアルバムの1・4・7・9曲目、「Rolling Star」といった彼女ならではの良さが出ている曲を聴けば即座に理解できよう。申し訳ないが、本当に同じ人物が作り・歌っているのか?と思う程に、初期の曲と比べると今作での曲は完成度・魅力ともに低すぎる。今作の限定版に関しては、前作の良曲のPVが収録されていることもあり、尚のこと、今作収録の楽曲レベルの低さを思い知らされる。 結局、こういうタイプのアーティストは、音楽を構成するすべてが、その質・世界観共に高次元で融合していない限り魅力を発揮できず、そのバランスがほんの少しでも何らかの不備・事情により崩れてしまうと、楽曲レベル低下後の倉木と同じく、「ピュア」とか「繊細」とか「ひたむきさ」とかといった当人を魅力的にしていた要素が尽く「本人のマンパワーや個性の欠如」として反転作用を起こし、本人をつぶしてしまう結果になってしまうのである。そうなってしまったが最後、楽曲面での劣勢を払拭するにたる技術がない以上、並の技術を有すアーティスト以下の出来・内容となるのは必然。もう、遠慮なく書くが、今作をプロデュースしている人や関係各者はかなり間抜けじゃないかと思う。いったい何のためのロック路線なのか・・・。 また、確かにレーベルの看板アーティストなので、人気ものなので、という大人の事情も分からぬではないが、メジャーデビューしてから3年もの間にアルバム3枚、シングル11枚と、ハイペースでのリリースぶりも、曲のレベルの低下の一因ではないだろうか。 今更多少リリース間隔が開いたところでその地位が失墜することはないだろう。それよりももっと時間をかけ、きちんとした設計思想を以ってじっくり丁寧に作品を作っていただきたい。メジャートップアーティストが出す作品としてあまりに情けない。
| ・アーティスト評価 |
歌唱力 | 5 (↓) |
| 作曲 | 5 (↓) |
| 編曲 | 6 (↓) |
| 独創性 | 6 (↓) |
| 安定性 | 6 (↓) |
| 格 | 5 (↓) |
| 総合 | 5 (↓) |
| 熱中度 | 5 (↓) |
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| 2008/04/15 23:26|アルバムレビュー|トラックバック:0|コメント:17|▲
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・評価:70点 (夏帆のファンならプラス5点くらい。そうでないとマイナス5点くらい。また、30〜40歳ぐらいの人はプラス5〜10点くらい。それ以外の世代はマイナス10点くらい。さらに、合唱経験のある人は若干のプラス。)
個人的に大注目の若手女優、夏帆が主演ということもあり、当然の如く観に行ってきたわけですが・・・。学生時代に合唱をやり、さらには音楽の授業が異常に厳しい高校出身ということも含め、個人的に楽しめる要素が多かった作品ではありますが、映画としては結構問題や理解に苦しむところもある内容であったと思います。
▽続きを読む▽
<あらすじ>
北海道のとある町。七浜高校の合唱部に所属しソプラノパートリーダーを務める萩野かすみ(夏帆)は、当然歌・音楽が大好きなのだが、それ以上に自分のルックスと歌声、何より歌を歌っている自分が大好きな、かなり自意識過剰で変わった女の子。今日も持前のナルシズムと妄想とを発揮し、同じバスに乗り合わせている片思いの相手で写真が趣味のイケメン生徒会長牧村(石黒英雄)のことばかり考える有様・・・。
そんな憧れの彼からある日「歌っている萩野さんを撮りたい!!」とモデルを頼まれたかすみは、もう、完全に「牧村は私のことが好きなんだ」と勝手に確信する・・・。
合唱コンクール北海道予選の壮行会において、写真を撮る彼の期待に答えるが如く、渾身の歌唱とビジュアルを見せつけたかすみであったが、何故か後日彼から見せられた写真はそんな彼女の気持ち及び、歌唱とルックスに対して持っている絶対の自信を完璧に打ち砕くに十分すぎる「インパクトたっぷり」のシロモノであった。それだけでなく、「三蘭中のシャケみたい」と言われ笑われる始末。怒り、悲しんだ挙句傷心にふける彼女に追い討ちをかけるがごとく、幼馴染でかすみと同じく牧村に思いを寄せている青柳レナ(岩田さゆり)に、「正直言ってあんたの歌っている顔って変。自分で気づいていないの?」と言われ・・・。
すっかり自信をなくしたかすみは即、産休教師の代用教員で臨時で合唱部の顧問をしている瀬沼裕子(薬師丸ひろ子)に退部を申し出る。そして、いやいやながらでることとなった「ラストステージ」が、そこにおける湯の川高校合唱部の番長?権藤洋(ゴリ)との出会いが、そんな彼女に大きな転機をもたらすことになった・・・。
<感想など>
まあ、ベタな意見になるが、今作は「スウィングガールズ」「ウォーターボーイズ」「シムソンズ」といった、ここ何年もの映画の主流となっており、もはや一つのジャンルとして確立している「若い子が○○に挑戦し、それを通じて成長する様を描いた青春作品」に類するものであると、「大筋」で言うことができよう。が、もちろん「大筋」と書いたのには理由がある。
従来のそれら作品との決定的な違いは、主人公の設定と扱いだ。総じて従来の作品における主人公に関し、
「素晴らしい潜在能力を持ってはいるが、作品開始時はずぶの素人に近く、敗北や失敗、挫折、友人・仲間との対立、和解を通して、友人・仲間ともども成長していく・・・」
というのが、作風を含めた基本的な有様だ。
しかし、今作においては、主人公のかすみは、性格こそ問題があれど「ソプラノパートリーダー」という地位が示しているように、それ以前に役の基本設定として実力は既に顕在化しており、注目もされている。また、仲間・友人との関わりもなく、あくまで彼女一人に焦点が当てられた作品構成であることや、この手の作品の見せどころのひとつでもある「必死の練習場面」も殆どなく最終場面まで行ってしまうことなどを始め、かなりの違いがある。
よって、従来の作品程には、練習場面や青春模様・見せどころである最終場面を経ての感動や緊迫感・カタルシスがない。代わりにあるのは、漫画チックでコテコテナなギャグと、見る人を絞るキャラ設定。これがクセもんで。今作に対する評価を大きく分ける理由にもなっている。
特に80年代のヤンキー気質やビジュアル系バンドのイメージを外見的な土台とし、尾崎豊を崇拝しているというキャラ設定は明らかに観る人を選んでおり、その対象となっている20代後半〜40前後以外の人には、何が面白いのか・何を意味しているのかあまり理解出来ないだろう。若い子を主な対象としながらも幅広い層の人々が見ても抵抗のない普遍性を有すことがこの手の作品の魅力であろうに・・・。夏帆ファンである若い世代にはお勧めできない。
まあ、これを作品の個性・面白みとかなり好意的に解釈しても、映画として見過ごせない問題があるのがいただけない。
まずの問題は、ゴリ演じる権藤が合唱の道に入るきっかけとなった女性ストリート弾き語りシンガーの存在。極めて中途半端な形で正体が隠され、終盤にこれまた極めて中途半端な形で正体が明かされるのであるが、これが理解不能。権藤は彼女のことを「女神」と称えてはいるが、結局彼は彼女の歌唱を通して知った「尾崎豊」に傾倒していき、合唱の道を突き進んだに過ぎない。断じて、彼女に影響を受けたわけではないのだ。 というわけで、そもそもの「彼女」の存在意義に疑問を感じずにはいられない。だったら、はなからこんなキャラを出さずとも、たまたま、<どこぞの誰かが聴いていた・観ていた尾崎豊の歌、ライブ映像を権藤が見聞きして感動した>、との設定・ストーリーにした方がはるかに良かっただろうに・・・。
そして、この尾崎豊からみのことはもう一つの大きな問題をもたらしてしまった。一番の見せ所、今作で言えば全国大会出場をかけた「合唱コンクール北海道地区予選決勝」場面を筆頭とする、今作の大きな要素であろう「合唱の魅力」を伝え切れていないに他ならない。
湯の川高校の面々が尾崎の名曲の数々を実にソウルフルに歌い上げていく様はなかなかの魅力がある。が、複数の人間による集団カラオケ的にただ尾崎の名曲をそのまんま歌っているだけに過ぎない。声域によって区別された「パート」を介した「コーラス」「輪唱」「掛け合い」など、合唱をかじったものならば誰しもが分かる「合唱の魅力・醍醐味」が故の魅力ではないのである。それ以前の問題として、尾崎のような情感型の引き語りソングは根本的に合唱に向いていない。
だが、本来は七浜高校の面々をして「正統・王道」の合唱の真髄を見せるべきなのに、それも上手くいってはいない。ここまで書いた作品の特性もあるが、夏帆一人に焦点が当てられている作品であるのに、当たり前だが合唱している女子生徒の数が多過ぎるからであろう。同種の作品が総じて4・5人程度がクローズアップされていることからも分かるように、最後の大団円においても、引き立たせる人物に絞り込みをかけないと効果は半減以下となってしまうことを、今作は示してしまったように思う。七浜高校の合唱部の練習風景の作りが、そう悪くなかっただけに最期の見せ所に関しもうひと工夫ほしかった。歌っている当事者の魅力をあまり出せずして、それを土台にしてのラストエピソードを設けられてもね・・・。感動が薄い。
しかし、それでもそれなりの評価になったのは、しがない代用教員を巧みに演じていた薬師丸をはじめ、ヤンキー高校生を想像以上に好演したゴリ、ツンデレ系の合唱部部長を演じた亜希子、副部長役を演じた、どの作品においても抜群の魅力と安定した演技を見せる名脇役徳永えり、などなど、各役者の魅力・演技が良かったからだろう。ヒロインを敵視している幼馴染を演じた岩田さゆりもとてもかわいくて。あのスレンダーさであのスタイルの良さは反則だろう。
主役の夏帆に関しては、序盤のコミカルで天然ナルシズムなところと、屈辱を味わい目が覚めてから心を入れ替えていくところ共に実に自然に演じられており、相変わらずのポテンシャルの高さをいかんなく見せつけた。恐らく初であろうコメディー比率の高い役ではあったが、堂々たるコメディエンヌぶりであった。
ただ、あえて苦言を呈すなら、ビジュアルが安定しなかったことか。これは夏帆の問題よりもスタイリストやカメラワーク、ヘアメイク、演出の問題であろうが、彼女の圧倒的なナチュラルさやピュアさを的確にとらえられないと、「四姉妹探偵団」のような悲惨な結果になるという危険性も感じさせてしまった・・・。
後は、かなり背が伸びてしまったことか。実年齢では出演者の中でも恐らく最年少であろうが背は女性出演者の中でも上位3〜5位に入るぐらいの高さ。胸も・・・以下略。顔はともかく全体が映ってしまうと、以前ほどのか弱さを感じくなったのも事実。
とまあ、うだうだ書いてしまったが、今作も「ガチ・ボーイ」と同じく、せっかく面白い題材であったのにそれを上手く活かしきれずに中途半端な作品になってしまった感が否めない。夏帆のファンか合唱好き、ないしは尾崎豊やゴリのファンなら観ても損はない作品だとは思う。
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| 2008/04/13 01:55|映画評|トラックバック:0|コメント:0|▲
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●タイナカサチ 「Love is... 」(初回限定盤DVD付) 評価:B+

(2008/02/13)
1.Visit Of Love 2. Delight 3. Lipstick 4. サヨナラ 5. 抱きしめて 6. 一番星 7. Home 8. My Darling 9. 抜け殻 10. 桜舞う 11. 愛しい人へ 12. 道
<問題点・注意点>
1・かん高く、少し硬めの歌唱は聴き手を選ぶ
▽続きを読む▽
アニメ・ゲーム音楽、J−pop両領域に通用する実力者(樹海、KOTOKO、川田まみ、島みやえい子、彩音・・・)を要すことで定評のあるジェネオンエンタテイメントに所属(その系列の「SISTUS RECORDS」であるが)しているタイナカサチの、前作から約11か月ぶりとなる2ndアルバム。 個人的には1stアルバムに関し酷評したこともあり、 ( http://badtzmaru.blog34.fc2.com/blog-entry-509.html#more) それ以降の活動に全く注意を払っていなかった。が、当ブログで「彼女のライブがよい」とのコメントを見て再び気になり、今作を聴いたのであるが・・・。いや、正直に言ってその成長ぶりに驚いているのが、とにもかくにもの感想だ。あらゆる点で飛躍的な成長を聴いてとれる。 今作も前作と同様、ピアノバラードを主軸とした作品構成ではあるが、その比率はだいぶ下がり、全体的な作風がより王道のポップス〜少しの懐かしさを感じさせるそれへと広がっている。今作のタイトルである「Love is...」が示すように、「片思いの愛」「幸せ絶頂の愛」「失った愛」「悲しい愛」など、様々な愛を、さわやかなアップテンポあり、ダークなバラード曲あり、ハッピーな曲ありと、バラエティー豊かな楽曲及びそこでの彼女の歌唱を通じて描く「コンセプトアルバム」ととらえて差支えないだろう。この一点だけをとっても、前作からの作曲者としての成長ぶりがうかがい知れよう。ピアノ弾き語り系バラードアーティストが陥りがちな「画一的な楽曲・単調な構成」という問題を2作目にしてほぼ払拭できている。 歌唱に関しても、1stアルバム時点では「キンキン」とした硬い歌唱がやたらと目立ち、今作においても、その問題が完全に払しょくされたわけではないが、中でも、後半の曲に顕著なやや抑え目で柔らかさを感じる歌唱と、今作において恐らくキラー曲と言ってよい6曲目での悲壮な歌唱はここ1年における活動がもたらしたであろう飛躍的な歌唱の成長が、上記様々な愛の形を懇切丁寧に表現していく。歌や音楽への深い愛情を感じ取れる相変わらずの歌唱は、実に好感が持てすがすがしい。通常音域におけるメロディーや歌唱が冴えるからこそ、彼女の得意としている高音域でのそれらが一層冴えわたり、大きな魅力と化すことをいかんなく示したと言える。 まあ、全く奇をてらわないストレートな楽曲と作詞世界は、高音域歌唱以外これといって突出したものがないこともあり、「王道と凡庸紙一重」とも言うべき結構きわどい感じで、聴き手の感性・思想によって思いっきり評価が分かれそうではある。個人的には、今年22歳と実はまだまだ若い彼女だからこそ許され、評価できる内容ではないかと思う次第。この手の一級アーティスト・ボーカリストと比べると未熟な面がいっぱいあるが、今後の可能性を大いに感じさせる良作ではないだろうか。 <おまけ>1stアルバムと同様、豪華特典スリーブ&ミニ写真集付きの構成と、彼女のルックスを全面的に押し出した内容となっている。本人も会社関係者もルックスにかなりの自信を持っているようで、事実それを示すかのようにBARKSの http://www.barks.jp/artist/?id=2000148625において、インプレッション3位となっている。 プロモやTV出演など各種動画を見ている限りは、正直個人的には美人とは到底思えないが、ジャケ写やブックレット、歌詞カードなどなどでの「写真写り」に関しては、天下逸品であると思う。この点に関しては、おそらく対抗できるのは大塚愛ぐらいなものだろう。トータル商品「タイナカサチ」としての売り出し方は非常に上手い。社や本人のイメージ戦略・販促戦略勝ちとしか言いようがない。
| ・アーティスト評価 |
歌唱力 | 7 (↑) |
| 作曲 | 7 (↑) |
| 編曲 | 7 (↑) |
| 独創性 | 6 (→) |
| 安定性 | 7 (↑) |
| 格 | 6 (↑) |
| 総合 | 7 (↑) |
| 熱中度 | 6 (↑) |
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| 2008/04/08 23:54|アルバムレビュー|トラックバック:0|コメント:2|▲
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●Rie fu 「Tobira Album」 評価:A−
ジャンル:ポップス 洋ポップス カントリー

(2007/11/21)
1. 5000 マイル〜Album version 2. Come To My Door 3. ツキアカリ 4. 君が浮かぶよ 5. tobira 6. On It's Way 7. Until I Say 8. SMILE 9. Feel The Same 10. dreams be 11. Sunshine of my day〜Live version 12. London 13. あなたがここにいる理由
<問題点・注意点>
1・終盤の楽曲が弱い
▽続きを読む▽
物凄いファンでもないし、愛聴しているわけでもないが、実力やアーティスト性を評価・尊敬し、末永く活動していただきたいと願っているアーティストが少なからず居る。Rie fuはその一人。以前ほど目立った活動はしていないものの、3作目となる今作も、依然変わらぬ彼女のアーティスト・ボーカリストとしての資質の高さと音楽性の良さとを認識させてくれる好盤だ。 基本的には70年代のポップス・ロック〜特にカーペンターズ〜からの影響を色濃く感じさせる、時を経ても魅力があせることのない心地よい楽曲主体の作品であるが、アニメタイアップにもなった和の雰囲気漂う3曲目や、10・11曲目のような、力強く時に退廃感を感じさせるロック曲や、跳ねるようなメロディーとリズム感が印象的なアップテンポ曲である8曲目など、今までの彼女にはあまりなかった曲があり、単なる「良い子ちゃん」にとどまらない感情表現も出来ていることに、大きな成長を感じ取れる。大学を卒業し、日本に帰国し、音楽一筋で打ち込める環境となったことが良い影響になったのであろうか? 以前より日本語の表現も良くなっており、「無理に日本語入れなくても」との不満も完全に解消されたと言って良いだろう。タイアップ曲となった「ツキアカリ」は彼女のアーティストとしての成長を感じ取れる今作屈指の好曲。だからこそ、彼女の必殺と言える「エヴァーグリーン」な魅力溢れる1曲目や7曲目のような楽曲が一層映える。もはやこういう曲を作り、歌わせて彼女の右に出るアーティストはいないのではないだろうか? この才能は貴重で業界全体で保護すべきとすら、勝手ながら思う。取り立てての派手さや強烈な個性があるわけではないが、音楽の根本的魅力・素晴らしさで満ちている。女性ボーカル好きであるのなら、是非とも聴いていただきたい。 ただ、あえて苦言を呈すと、終盤の失速具合が気になった。前作のレビューでも書いたが、彼女のような音楽性はどうしても楽曲のおとなしさやまったりさがタルさにつながってしまうので、収録曲数は10・11曲程度で十分。 <とは言え、普段は、「前衛的」だの、「凄み」だのとほざいているけれど、だからこそその真逆とも言えるこの音楽性にも惹かれてしまうのだが・・・(笑)。>
| ・アーティスト評価 |
歌唱力 | 9 (↑) |
| 作曲 | 8 (→) |
| 編曲 | 8 (→) |
| 独創性 | 8 (↑) |
| 安定性 | 8 (→) |
| 格 | 8 (→) |
| 総合 | 8 (→) |
| 熱中度 | 7 (→) |
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| 2008/04/06 01:53|アルバムレビュー|トラックバック:0|コメント:0|▲
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●GARNET CROW 「Locks」 評価:C+
ジャンル:J−pop ロック

(2008/3/12)
1. 最後の離島 2. 涙のイエスタデー 3. 世界はまわると言うけれど 4. もう一度笑って 5. この手を伸ばせば 6. doubt 7. 風とRAINBOW 8. ふたり 9. Mr.Holiday 10. The first cry 11. Love is a Bird
<問題点・注意点>
1・シングル曲の出来が悪い 2・そのシングル曲にあわせるかのようにアルバムオリジナル曲の出来も悪い 3・必殺とも言える1曲がない 4・声の張り過ぎな中村の歌唱 5・かつてのダーク且つ深遠でジャンルの境界を超えた孤高の音楽性がない 6・曲調が至極穏当で挑戦心や前衛性を感じ取れない 7・歌メロも歌唱も単調でコンパクトにまとまりすぎ 8・楽曲が悪い意味でパターン化しており、しかも往年のそれより質が低い 9・3タイプの発売形式
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ついにこの時が来てしまったか・・・。5thアルバム発表以降のシングル・カップリング曲に全く感じるものがなく、この時点で「デビュー以来続いてきた連続名盤入り」が途切れることを確信するどころか、良盤になることすら難しいと予想していたわけだが・・・。それでもまだ、シングルの出来には絶望しつつも、「素晴らしいアルバムオリジナル曲」に期待する気持が少なからずあった。だが、その淡い期待すらも打ち砕く酷い出来。ダメかも、と予想するのと実際にそうなってしまうのとでは雲泥の差があるわけで。並のアーティストの作品としても褒められるものではないので、ガネなら尚のことだ。中村は「ガーネットクロウ第二章の始まり」と言っているが、だとすれば、新章のガーネットクロウとは、今まで積み重ねてきた「ガネのガネたる由縁」である音楽的魅力・特色・個性をことごとく捨て去ったシロモノと断じざるを得ない。 とにもかくにも、作品全体を通してプログレッシブな精神性が皆無で、すべてにわたり無難な「最大公約数的設計思想」と過去の楽曲の劣化版焼き直しに止まっている。 やはり、悪い意味で耳を引くのはシングル曲の出来の悪さだ。既にシングル発表時で分かり切ってはいたが、こと今回に限っては「アルバムの収録曲の1曲として聴けばまだ・・・」ということすらない。2・7曲目に至っては、今作のダメさ加減の象徴ともいえる「強引且つ平坦なメロディーと声の張り過ぎな中村の歌唱」という2大問題を端的に聴かせつけてくれる。元々ガネはお世辞でもごくごく一般的なアーティストとは違い、シングル曲の出来が他の曲と比べて取り立てて突出してはいない、どころか逆に悪い。この問題は、GIZAにおいて数少ないガネより売上・地位上位のアーティストである倉木・愛内の低迷に伴うガネの相対的な地位向上とアニメタイアップの増加によりアルバム作品枚に悪くなり、アルバムオリジナル曲とシングル曲との間にある「完成度」と「作風」の「差」を浮き立たせ、「違和感」を聴き手に感じさせる結果になったが、今回の質の低さは、とうとう行きつくところまで行ってしまった感がある。 しかし、一方で、このことより尚深刻なのは、過去最低レベルと言えるシングル曲の完成度であるにも関わらず、それがもたらす「違和感」がないことである。そう、ガネは、ずっと存在していた「アルバムオリジナル曲とシングル曲との完成度の差、作風の差」の問題の解決において、「低いシングルのレベルにアルバムオリジナル曲を合わす」という最悪の方法をとってしまったのである。 もはや、今作のアルバムオリジナル曲に、ガネの確固たる魅力であり音楽性の根幹でもあった、漆黒の海を見ているかのような暗さ、荒涼な大地や冬の早朝にたたずんでいるかのような冷たさ、厳粛で荘厳な雰囲気にスケールの大きさに、背筋をゾクゾクさせるような凄みに鋭さ、格調の高さ、哀愁、寂寥感、音楽的深み、そして、独特な温かみ、ジャンルレスの拡散性・・・などなどといったメジャーアーティストの枠に収まりきらない音楽的特徴や凄みがほとんど失せている。かろうじて最終2曲にかつての音楽性の残滓があるとは言え、過去の曲と比べるべくもないだろう。しかし、10曲目に至っては、中間層のパーカッションの盛り込みや作風そのものが、後輩であるGulliver Getが得意としているものである。後輩の後塵を拝してどうする? 9曲目のようなキュートでポップな曲も既に過去に完成を見たものの劣化版に過ぎない。明暗・硬軟・軽重・強弱の対比がつきつめられた4thアルバム及びかつてのシングルカップリングの同種曲に遠く及ばない。メロディーの強引さもさることながら、声量と技術と力強さの増した中村の、特にライブにおいて顕著で作品枚に強くなってもきた悪しき癖である「声の張りすぎな・力み過ぎな歌唱」との相性が悪く、違和感や気持ち悪さ、不愉快さしか感じるものがない。だいたい、彼女の「歌唱技術や声量」が前面に出ている時点で今作は終わっている。ガネの真髄は中村の歌唱技術や声量ではなく、歌唱はやや稚拙でもその独特の声を余すことなく生かし、魅力として昇華する中村ならではのメロディーの良さであったはず。「歌メロ、いや、そもそもの楽曲の良さに立脚しない歌唱技術など無意味に等しい」。倉木が何年もの間おかしてきた間違いを、まさかガネがやってしまうとは・・・。 こんな曲の有様なんで、もともとそれほど詞にこだわらない私にとって、尚のことAzukiの詞が印象に残らない。いや、もはやどうでもよいという感じか。全体的に考えても、歌唱のつまらなさと、楽曲のつまらなさという中村の迷走・暴走・独り相撲が目立つ今作には、4人のプロフェッショナルの個性と技量とがぶつかって・・・、という醍醐味も緊張感も感じない。 それでも、今作がガネではなく、GIZAの新人アーティストの作品であれば、ちょっとは期待が持てるものではあったのだろうが・・・。 こんな穏当でつまらない作品になってしまったのには、もちろん、何よりもガネ自身のアーティストとしての衰退に他らないが、それを促進させてしまった外的要因も少なからずあろう。 GIZA内において数少ないガネよりも売上・人気上位のアーティストであったが、徐々に売り上げ・地位を低下させていった倉木・愛内の失墜ぶりと、さらには、倉木の別レーベル移籍といった事態がその最たるものであろう。気づいたら、最も安定した売り上げ・活動を見せるのはガネになってしまっていた。故に、本来は王道の商業音楽をやっていたこの両者の活躍の背後で、メジャーアーティストとしての限界・枠を広げる極めてアーティスティックで先鋭的な音楽をやり、通好みの音楽ファンを巧みに取り込んでいったガネに対するGIZAからの商業的期待が必然的に増加していくことに繋がった。それは、アニメタイアップの多さや今作の商品仕様が3タイプあることが何よりも物語っている。 しかし、彼らの音楽性やアーティスト性を鑑みない分不相応な販売戦略やそれに即した音作りが成功するはずもないだろう。彼らに求められているのは、中庸・穏当・無難な曲ではなく、音楽制作集団たる彼らにしかできない、聴き手をガネの世界観へと引きずり込み、圧倒する曲である。ぬるい音楽を聴きたいのであれば、そもそもガネなど聴いてはいない。本末転倒とはこのことを言う。ネットでの音楽視聴ツールが充実している今、テクノロジーの発達により個人単位でも音楽制作ができるようになった今、いくらでも現時点のガネより面白く、質の高い音楽をやるアーティストをインディーズ・半インディーズの領域で探すことができる。もっともっとストイックに独自の音楽性をつきつめてもらいたかったのに、中途半端に恵まれ、売れている状況がすべてにおいて悪い方向へと作用してしまったとしか思えない。 彼らも組織の一員なのでなかなか思うようにいかないこともあるだろうことは分かるのだが、それでも「全曲完全オリジナル曲によるコンセプトアルバム」とかと気概を見せてもいいのではないだろうか? というわけで、この記事を以ってガネとの決別宣言の代わりとする。もちろん、以前のような素晴らしい楽曲を聴かせてくれるのであれば、いつでも熱心なファンに戻る用意はある。私は「アーティスト」ではなく「楽曲・作品」を追い求めていく音楽ファンであるので。今作のような音楽をやっている限りは永久にないだろうが・・・。「さようなら、ガーネットクロウ」。
| ・アーティスト評価 |
歌唱力 | 7 (↓) |
| 作曲 | 7 (↓) |
| 編曲 | 7 (↓) |
| 独創性 | 7 (↓) |
| 安定性 | 7 (↓) |
| 格 | 7 (↓) |
| 総合 | 7 (↓) |
| 熱中度 | 6 (↓) |
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| 2008/04/04 02:30|アルバムレビュー|トラックバック:1|コメント:10|▲
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今回で最後です。長すぎてすいません
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13・you may crawl
2ndアルバムでは最初の曲であるが、今回のライブ本編においては最後になったこの曲。「次の曲で最後です」という内村のMCに対し、お約束を通り越した本気(マジ)の「え〜っ!」を言ってみる。
しかし、最初だろう後最後だろうと関係なくこの曲は盛り上がる。かっこよい。もう最初のSEとベースの絡み、そして流れるようなシンセの音と軽快なドラムがただただかっこい。もう何度書いたか分からないが、この演奏能力とアレンジセンスには感心させられるだけ。必殺且つお約束と言っていい内村のまくしたてる歌唱が始まることで、さらに各々パートの魅力が増していく・・・。観客もこれでもかと体を揺らしていく。私なんぞは、ヘドバンにエアキーボードをひたすら繰り返していた。体中痛くなるのも気にせずに・・・。この期におよんでも全くダレず、時間の経過すら忘れさせるような演奏・楽曲を見せつけられるのが素晴らしい。
・アンコール
1・タイトル未定(新曲)
当然のことながらアンコール。会場の使用時間の関係からか、すぐにメンバーが出てくるが、表情から今回のライブに対する充実感を存分に見てとれた。
そして、内村のMCから告げられた本日のサプライズその2であるまたまたの新曲披露。先ほどの「フラット」とは違い、こちらはまだ完成をみていない、曲名すらついていない楽曲とのこと。内村と蓮尾の口ぶりから察するにまだまだ仕上がりに納得がいっていないようだ。
しかし、そんなことお構いなくこの曲は凄かった。曲調としては「loop,share」に近いものがある恐ろしく早く突進力のある曲だ。内村の力強い歌唱におそらくsfp史上最速と思われるファストなドラムが楽曲にすさまじい勢いを加味していく。
確かにまだ音がまとまっていないと感じる部分もあったが、製品版での出来に大いに期待が持てる楽曲だ。年内に発表されるとすれば、今年の最優秀楽曲の最有力候補となるのは間違いないだろう。楽曲の持つ勢いに会場が再び盛り上がっていく・・・。
未完成曲1曲の披露と相成ったアンコールであるが、メンバーが再退場した後再び拍手が沸き起こる。1回目の時のお約束的拍手とは違い、ライブのあまりの素晴らしさもあり、観客もまだまだ彼らの音楽を聴いていたいという純粋な思いがさせた拍手である。いや〜、こういうことはなかなか体験できるものではない。残念ながらダブルアンコールとは行かず幕が降りてきてしまったが、このことは観客のライブに対する率直な感想・評価を顕著に示していよう。
ライブ終了後においても、疲れているにも関わらず物販コーナーでファンからの問いかけに丁寧に答えてくれるメンバーの様も胸を打つものがあった。興奮のあまり同伴者とともにまくしたてるように喋り倒してしまったが、こう御容赦願いたい。メンバーの皆様、本当に素敵な方ばかりだ。
<総評>
一連のライブレポ冒頭にも書いたが、こんな素晴らしいライブを堪能させてくれたメンバーと、私をsfpの世界へと引きずり込んでくれた同伴者に心から感謝する。今まで自分が観てきたライブの中でベスト1と言い切れる内容であった。楽曲・演奏・編曲などなどあらゆる点で完璧。比肩できるのはFayrayとFEEL SO BADのライブぐらいであるが、前者はギターの演奏が弱かった、後者は選曲に納得がいかなかったこともあり、総合で判断すれば今回のsfpライブに軍配が上がる。あえて不満をあげるとすれば、それは「snap」と「遠く箱の中へ」の2曲+未発表曲である「S」をやらなかったぐらいか。だが、これはインネンでしかない。
驚くべきは、ライブ時には多くの曲を既に発表していた上記2アーティストとは違い、わずかミニアルバム2枚、計20曲にも満たない持ち歌であるにも関わらず、即にそれが「ベストな選曲」と言い切れるほどに個々の楽曲の質が高いことだ。
そして、それら魅力をさらにより良くしたライブならではのアレンジの上手さと抜群の演奏能力も特筆すべき点であろう。CD音源での良さを崩さず、試合に向けて体を作り上げていくボクサーのように、徹底的にライブ向きの曲へとその編曲と演奏をして作り変えていくセンス・技術・発想の凄さにはただ驚嘆するのみ。自分にとって理想と言える「ライブのあり方、ライブでの曲のあり方」がそこにあった。現時点でこのライブに匹敵する可能性があるのは、HEAD PHONES PRESIDENTのフルワンマンライブぐらいなものだろう。正直に言って、メジャーでは幅を利かせている某3ピースガールズバンドや某女1人+男2人のバンドでは全く歯が立たないと思う。悪いけど。
今回のライブをして、sfpを「私的殿堂入りアーティスト」にすることに決定!!
これからもどんどん素敵な楽曲を発表し、ライブを行ってくれることを切に願う。しかし、曲が増えるということは、ライブでやらない曲も増えるということでもあり・・・。現時点でも限りなくベストに近いのに・・・。「ああ、あの曲が聴けなかった」ともだえ苦しむ日もそう遠くではないだろう。
<追記>
この記事を書く直前に某所や登録しているsfpのメルマガから、ベースの上田が今月を以って脱退するという衝撃の情報が飛び込んできた。今回のライブにおいても、圧倒的な存在感を誇るフロントマンである蓮尾・内村とは対照的に表情ひとつ変えず職人的もくもくさで演奏してはいたが、確かな技量とセンスの良さをしてsfpの音楽を支え、魅力的にしている彼もまた、sfp及びsfpの音楽・ライブを考える上でかけがえのない人物であるだけに、脱退のニュースはあまりに残念でならない。いくら春は別れの季節とはいえ、さらには、外野がはかり知ることのできない仕方ない理由があるのだろうとはいえ、これはあまりに辛すぎる。しかも、ほぼ同じ時期に、sfpと同じくらい好きで評価している大鴉も長年活動し、作曲でも存在感を発揮した比嘉が脱退する情報(後ドラマーもだが)が入ったからして、ただただ愕然としてしまった。いや、体の一部をえぐられたかのようなショックさ・・・。悪夢だ・・・。
大鴉の方は既に後任メンバーが決まっているようだが、新メンバーも前任者と負けず劣らずの素晴らしいアーティストであり、音楽的・人間的相性のある人物であることを心から願ってやまない。個人的には2日遅れのエイプリルフールで、「嘘でっす〜!!」とのオチを聞きたくて仕方ないのだが、現実はかくも厳しくあるのだ(号泣)。
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| 2008/04/03 23:49|ライブ・イベントレポート|トラックバック:0|コメント:6|▲
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いよいよ終盤です。
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10・曖昧に免れる
けだるく退廃的な内村のボーカルと、センスの良い浮遊感と軽快さのあるシンセとの絡みが、曲名ともなっている「曖昧」さを多分に感じさせるバラード曲。終盤の「ズン・チャ・チャッ」というリズム感は何とも言えぬ心地よさがある。地味な曲調ではあるが、これまたsfpらしさ全開の楽曲でありこのグループのセンスの良さや懐の広さを認識させられる。
11・art line
2ndアルバムの音源と同じく前曲から切れまなく演奏されたのはこの曲。2ndアルバムにおいては今までにはない明るさ・キャッチーさを見せ、テクノっぽいリズム感もあるなど新機軸とも言うべき曲であるが、ライブ演奏においてはこれら要素を出しつつも、中間奏から即興による怒涛の展開を見せ、全く別物の仕上がりとなっている。中でも内村のギターリフと蓮尾のシンセの融合部分はCD音源にはない勢いや迫力、狂気さを巧みに演出していく・・・。恐ろしく密度の濃い息の合った演奏である。
12・浮かび上がる
ここ何年もエンタメ業界において「泣ける○○」というのが常套の宣伝文句となっているが、それに即せば自分にとってこの曲はまさに「泣ける曲」だ。昨年では2ndアルバム屈指の楽曲「loop,share」の勢い・強靭さに耳が行ったものの、sfp初体験のライブにおいて実はこの曲こそ「神曲」なのではと「発見」した次第。超絶のスルメ曲である。個人的に現時点で最も好きなsfpの楽曲だ。いずれ「墓場行き曲」として認定することだろう。
とにかくイントロからアウトロまで、詞・歌唱・メロディーライン・編曲・演奏といった曲を構成するあらゆる点に関し、何一つケチのつけようがない。完璧な曲とはこういう曲をさして言うのだろう。その完璧さが全く鼻につかないキャッチーさやきらびやかさがもたらす構築美と浮遊感、心地よさは「極上」という言葉が何よりも似つかわしい魅力に満ちている。気分の落ち込みから立ち直り前向きに生きていこうと思い始める様を表現した詞に内村の囁くようでいて情感たっぷりの歌唱は、浮遊感や明るさを感じさせるサウンド・演奏に反し、聴いていて涙が出そうになるぐらいに切ない。ライブにおいては、ドラムのタイトな演奏に音響の良さや内村の歌唱姿もあり、さらにこれら曲の魅力が増幅され涙なくしては聴けなかった・・・。エヴァーグリーンな名曲。これからのライブにおいても常にやっていただきたい曲だ。何をどうしたらこんなに素晴らしい曲を作ることができるのだろうか?
今回はこれで終了。次回、残りの2曲の感想と総評を書いて終了となります。
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| 2008/04/01 21:46|ライブ・イベントレポート|トラックバック:0|コメント:4|▲
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