バツ丸のエンタメ問答

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映画評「武士の一分」~檀れいの凄さが目立ちすぎて、キムタクサイドの思惑が外れたであろう作品?

・評価:70点
(キムタクファン、檀れいファンならプラス5~10点、でなければマイナス5~10点)


今年の年末映画の中でも1・2位を争う話題作である今作。無理やりではあるが、機会を何とか作り見に行ってきた次第。

それにしても、毎週金曜日は某所では「女性デー」とお徳且つ「普通のサラリーマンなら土日休み」ということもあり、もう少し映画館に居る人が多くても良いと思うのだが。かなり混雑すると予想していた今作に関しても、拍子抜けするくらいに観客が少なかった・・・。う~む、いったいどういうことだろうか・・・。






<あらすじ>

三村新之丞(木村拓哉)は東北のある小さな藩に勤める30石の下級武士。剣術の達人で切れ者でもあったが、そのどちらとも全く関係がない「藩主の毒見役」に甘んじていた。

彼は自分の仕事に対し「形式的で中身がない」と日々不満を述べてはいるものの、美しく器量よしの妻、佳世(檀れい)と父の代から三村家に仕えている中間、徳平(笹野高史)らと共に決して豊かではないが、幸せな日々を過ごしていた・・・。

しかし、その日々に突如終わりが訪れる。毒見の際、そこで提供された貝の毒にあたってしまったのだ。奇蹟的に命をとりとめたものの、彼は失明してしまう。
武士としての使命を果たすどころか、自分のことを自分で出来なくなってしまった実情に屈辱を感じ、彼は命を絶とうとする。妻の必死の説得で死ぬことを思いとどまったが、確実に生活は苦しくなっていった。親族一同集まって三村家の今後が話あわれはしたものの、皆口先だけの同情を吐くばかりで誰も具体的な解決策を出さず・・・。

だが、三村の心配は杞憂に終わる。藩主から現状の「石」の維持と「生涯養生に精を出せ」との沙汰が降りたからだ。
しかし、それと同時に、妻の佳世が藩内の有力者で新陰流の名手でもあり、権力志向が強く女癖が悪いことでも有名な島田藤弥(坂東三津五郎)と密会しているとの噂が流れる。彼の頭の中に「今回の沙汰が降りるよう藩主に口添えするのと引き換えに島田が妻の体を要求した」との最悪の想像がよぎる。

しかし、現実はその「最悪の想像」よりも悪かった。彼は兼ねてから目を付けていた佳世の体を手に入れるため卑怯な嘘を彼女についたのである。彼の口添えなどはなから存在しなかったのだ。妻を傷つけ、人間としての屈辱にまみれさせられた三村は、その元凶である島田と武士の一分をかけた私闘を申し込む。盲人と新陰流の名手・・・、普通に考えれば、三村に勝機など塵ほども存在しないのだが・・・。




<感想など>

さて、今作の評価・感想において、やはり一番のポイントとなるのは、「主役」を演じた木村拓哉の演技がどうかに尽きるだろう。今作を鑑賞することを考慮している人にとっても一番興味のあるところだろう。

私個人としては、木村は非常に良くがんばったと思う。最初こそ、完全に抜け切らない毎度の「キムタク口調」に違和感があったものの、ある程度時間が経過しそれに慣れてきたら(慣れなければ大きく評価が下がるだろうが)、目が見えなくなってからの動作や表情、苦しみや悲しみを慎み隠さず押し出した演技、時代物ならではの立ち振る舞い・・・。そういった様々な事柄に関し彼が相当「努力」したということを伺いしることが出来る。特に所作の美しさ~正座の姿勢の美しさや、流石に剣道の有段者だけあって竹刀捌きの上手さは格別だと思う。時代物衣装やちょんまげ姿が「決まっている」とは言えないが、流石に時代を築いてきた「キムタク」ならではの独特の雰囲気、かっこよさが十分すぎるほどにじみ出ていた。

繰り返すが、「木村そのもの」は非常に良かった。時折現代口調になりがちだったのを除けば、ほぼケチの付けようのない演技であったと思う。
しかし、映画とは、特に主役の女の子をより良く見せるアイドル映画を除いては、主役一人の演技や魅力が良かったからといって必ずしもそれがより良い結果をもたらすとは限らない。脚本・共演者の実力と魅力、演出・・・、そういったもの個々の完成度の高さとそれらの「調和」といったすべてが良くないといい映画にはなりえないからだ・・・。


ところで、完全に推測の域を出ないが、恐らくジャニーズサイドには、今作を通してのキムタク戦略に関し、

・山田洋次という日本の映画史を代表する監督がメガホンを取る「時代劇映画」に出演することで、今までの役柄とは全く違う新たな魅力を観客や業界に見せ付け、「トレンディードラマ俳優」ではない「役者、木村拓哉」としての評価を上げ、確固たるものとする。

・以前山田監督が制作した藤沢周平3部作の第1作目、「たそがれ清兵衛」が海外からの高評価を受けたのと同様、今作も海外、特にハリウッド映画からの高い評価を得ることにより、(ラストサムライで高評価を得た)渡辺謙のように一気に「ハリウッド映画」出演へとつなげていく



という青写真があったのではと考える。

まあ、上記私の推測が「正しい」とした上で以下話を進めていくが、今作を通して上記のようなことになるとは、残念ながら思わない。それは、木村拓哉の問題ではなく、それ以外の映画を構成する各事柄において木村拓哉とあっていなかったり、そもそも問題があったりするからだ・・・。そして、ここのところに、健闘したキムタクを襲う「不幸」があったのである・・・。


今作は、流石に「藤沢周平3部作」の最終作と言うこともあり、その演出は完成の域に達している。食事シーンをはじめ、名も知れない一般武士、一般市民の生活や文化の「詳細な再現」を通し、功を立て名をあげたわけではないが、日々を懸命に生きてきた市民の感情・愛を見事に描ききっている。

そこにはアメリカの恋愛映画のように「I LOVE YOU」の連呼や熱い抱擁シーン&キスシーンもなければ、二人がもつれ合うように互いの体を触り服を脱がしながら「ベッドに直行」といったシーンもない。だが、そういったものがなくても、今作主役夫婦の愛や絆がいかに強く素晴らしいものであるかを映画の巧妙な演出が存分に教えてくれる。もう見事と言う他ないだろう。

しかし、悲しいかな、この演出の凄さに騙されがちであるが、よくよく冷静に今作を振り返ってみると、中身が薄い。元々原作が10分もあれば読める短編で、しかもぶっちゃけた話「妻を寝取られた男の復讐劇」という至って単純な話を2時間の映画で引っ張るにはやはり無理があった(「たそがれ清兵衛」も短編だが、こちらの方が話を伸ばしやすいのでは)。もちろん、共感するところも多いが、同時に「だから何なの」と思うところもある。男女の愛を描いた同じく藤沢周平原作の映画「蝉しぐれ」程の強烈さ、感動はない。それでもここまでの作品に仕上げた山田監督の手腕は賞賛に値するのだろうが・・・。

ただ、細部の設定に異常なまでのこだわりを見せ続けた監督であるはずなのに、今作の見せ場の一つであろう「盲人が如何にして目の見える新陰流の達人との果し合いに勝つのか」のところの描写が甘い。剣の師匠役を演じた緒形拳との修行シーンがあまりにあっさりしすぎて・・・。せっかく木村が剣道の有段者であるので、それを生かした修行シーン~盲人ならではの特性を活かすための壮絶なそれ~をもっと見せても良かったのではと思う。

また、根本的なこととして、結局は山田監督ならではの映画作りが木村拓哉の雰囲気・演技とあっていなかったこともあろう。これは、どちらかが悪いとか下手とかではなく、確固たる個性と実力とを有した両者が遭遇した~監督が木村の起用を決め、木村が監督の作品への出演を決めた~次点で定まった結果であろう。並の監督による映画であるのなら、さほどあれこれ私が言うことはなかっただろう。だが、他ならぬ、細部にまで徹底的なこだわりを見せる山田監督が故に、主演俳優と作風との「ずれ・相性のなさ」が非常に気になった。思うに、木村拓哉は山田監督による藤沢作品の主役を張るには、上品でかっこよく、そして現代的すぎるのだ(3部作を演じた真田や永瀬のようにはいかない)。抜群の実力と存在感を発す坂東をはじめ他の出演俳優がなまじ監督の作り出す世界観に合致していたが故に、より一層このことが気になった。木村はやはり作品で浮いている。

そのずれ・相性のなさ・浮いている、の一番の理由であり、さらには木村にとって一番の不幸であったのは、妻役を演じた檀れいの存在であろう。

実年齢において木村と檀はわずか1歳しか年の差がないが、現代的なかっこよさや上品さを見せる木村と、古典的男女観の信奉者にとってまさに「理想的」とも言える、「出すぎず引っ込みすぎず、身を尽くして夫を立てる良妻賢母」そのものの古典的女性の美しさを見せる檀との雰囲気・魅力は正直かみ合っていない。この映画における木村がエラく若々しく、逆に檀が妖艶すぎるのもあるが、下手をすると「お姉さんと弟」にしか見えない。

さらに悲劇的なことに、この檀れいがあまりに魅力的で且つ上手すぎるのだ(あごのほくろがエロ過ぎ)。

本格的な映画出演は今作が初めてであるものの、今作出演直前まで「宝塚娘役トップ」を張っていた実力は伊達ではなかった。高校を卒業してから宝塚で鍛えられたこともあってか、言葉遣いや発声の上手さ、表情の上手さ、服の着こなしの上手さ、足先指先まで完璧に意識が行っている所作の美しさ・上品さ・無駄のなさすべてが素晴らしいだけでなく、それを踏まえての「彼女そのものの美しさ・上品さ」が今作におけるあらゆる要素の中でも圧倒的に際立っていた(それでも某所を見るに、彼女の技術に秀でたものはなかったらしい。何とも恐ろしいところだ、宝塚は・・・。)。今の若手人気女優には殆どない、土台の美しさに加え確かな修練を積んできた者のみが出せるものであろう(今の若手でそれを感じさせるのは藤井美菜くらいか・・・)。


こういったこともあってか、今作を見ている人の中で「主役」と銘打たれている木村ではなく彼女こそが主役と思う人もきっといるのではないだろうか。木村だけでなく他の出演者すべてが喰われていた。少なくとも私及び私と一緒に今作を見た同伴者は「檀の方が主役だな」「檀が凄すぎ」との見解の一致を見た。「化物レベル」と言ってもいい女優である。今年における、紛れもない「最優秀助演女優賞最有力候補」であり、今年の邦画界における一番の収穫でもあろう。


映画評論に関し、「もし・・・だったら」と述べるのは不毛で愚かで意味のないことだと分かった上で言う。

もし、今作の主役が檀れいではなく、それこそ木村と同じくトレンディードラマ畑出身の広末涼子や竹内結子といった女優を妻役に起用していたら、映画の「画的な整合性」が高まり、さらには「俳優木村拓哉」としての評価も高まったことだろう。木村本人はともかく、ジャニーズ上層部の面々は歯噛みしているのではないだろうか? 木村には今作での経験を次作以降に生かせてもらえたらと思う。








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2006/12/10 01:33|映画評トラックバック:0コメント:2

コメント

はじめまして。

檀さんのfanです。
それも、極最近fanになったばかりです。

檀さんの”あごのホクロがエロ過ぎ”には笑ってしまいました。
それに、”妖艶””上手過ぎ”との言葉が並んでいる中、よからぬことに思いを馳せてしまったのは、ワタクシだけでしょうか…

こんな事かいてますが、檀さんのfanです。
もう、離れられません…
mas #-|2007/11/03(土) 21:44 [ 編集 ]


>masさんへ

はじめまして。お返事遅れてしまい申し訳ありません。

私は「武士の一分」でヤラれました。

あごのほくろはエロいことこの上ないですね。なぜかそこを見てしまいます。

よからぬこととはいったいなんでしょうかね?


私も彼女の魅力に取り付かれて離れられません。
バツ丸 #-|2007/11/07(水) 22:47 [ 編集 ]

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