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映画評「それでも僕はやってない」~裁判は真実の究明の場ではない~一人でも多くの人に見ていただきたい傑作

・評価:95点


周防監督11年ぶりとなる映画、見に行ってきました~。いや~、今年どころか邦画史上を代表する名作だと思いますね。









<あらすじ>

フリーターの金子徹平(加瀬亮)は、先輩に紹介してもらった会社の面接試験を受けるため朝の通勤ラッシュで混雑する列車に乗ることになった。

しかし、途中で履歴書を忘れているのではと不安に思い、ある駅で途中下車し、「履歴書が入っていない」ことを確認した後、満員の電車に駅員に体を押されながら再び乗り込んだ。だが、電車が動き出したとたんにふと着ているスーツの背中の部分が電車の扉に挟まれていることに気づく。何とか挟まれた部分を抜き取ろうともぞもぞと体を動かし、周りに迷惑をかけながらもそれを果たした徹平。しかし、それを果たしたとき、同時に「やめてください」との女性の言葉を聞く・・・。自分には関係ないことと思い、目的の駅で降りて歩き出そうとしたとき、女子中学生に「痴漢したでしょ」と声をかけられ手を掴まれた・・・。全く身に覚えのない彼は、当事者同士できちんと話し合えばきっと分かってくれると思い。駅員や騒ぎを気にして駆けつけたサラリーマンに促されるままに駅事務室に行き、そこで自分の潔白を強く主張する。しかし、ロクに話を聞いて貰えないまま、当初の「すぐに終わるから」と駅に駆けつけた警察官の言葉に促されるまま、彼は警察署に引っ張られることに・・・。

きちんと自分が無実であることを主張すればきっと疑いが晴れる・信じてもらえる、と思っていた彼を待ち受けていたのは、その思いとは全くかけ離れた全く想像も出来ない恐ろしい現実であった。一方的に相手から罵倒され、自分の話は一切聞いて貰えない警察からの厳しい取調べ。明らかな無実で容疑を否認した自分は何日も拘留され厳しい取調べを受ける。一方明らかに罪を犯しそれを認めた人物が5万円の罰金で社や家族に痴漢の罪を知られることなく拘留された当日の夕方に釈放・・・。挙句の果てに自分の担当となった当番弁護士には、「否認してれば留置場暮らしだ。訴えられて裁判にでもなればヘタをすれば三ヶ月くらい出てこられない。そのうえ裁判に勝てる保証は何もない。有罪率は99.9%だ。千件に一件しか無罪はない」と、やってもいない罪を認めたほうが徳だと言われる始末・・・。それでも彼は無実であることを主張すればきっと疑いが晴れると信じ、あくまで容疑を否認し続けた。その間に、友人(山本耕史)や母親(もたいまさこ)の尽力により、元裁判官の荒川正義(役所広司)と新人の須藤莉子(瀬戸朝香)が徹平の弁護を担当することが決まった。


徹平の頑強な否認もあり、当初は警察側の証拠不十分で起訴猶予になるという担当弁護士の予想に反し、検察は彼を起訴する。無実の主張の場は法廷に移ることになる。そこは、事件当日に当番弁護士が彼に言った言葉以上のとんでもない世界であった・・・。



<感想など>

「ファンシイダンス」「しこ踏んじゃった」「Shall We Dance?」と、日本の邦画史上に残るコメディー映画の大傑作を生み出した周防正行。そのコメディーの名手である彼が、11年もの沈黙を破り次に送り出したのは、何と日本の裁判を描いた社会派作品であった。

推理小説や法廷モノドラマの影響もあり、法律や裁判に興味関心のない人でも、

「10人の真犯人を逃しても1人の無辜を罰することなかれ」
「疑わしきは被告人の利益に」「疑わしきは罰せず」


という裁判の基本原則である言葉を知っている人は多いだろう。冤罪事件は数多くあれど、世で行われている裁判の数と比べたら極めて数少ないからこそ大きなニュースになるのであり、通常の裁判に問題や間違いなど起こりようがないと。そこでの被告は間違いなく罪人であると・・・。それが恐らく世間一般の人々が裁判やそこで被告として訴えられた人々に対する、基本的な認識であろう。もちろん、そこにおいて、やってもいない罪でよもや自分が有罪判決を受けるなどということはまずないと、自分も(今作の監督である周防監督もだろう)そう考えるのが普通だと思っていたはずだ。そう、今作を見るまでは・・・。

しかし、無知とはとてもとても恐ろしい。実際の日本で行われている「逮捕」→「取調べ」→「起訴」→「裁判」に至る流れや日本の司法制度が今の「不二家よろしく!!」といわんばかりにずさんで、我々一般市民の理解や思いを遥かに超えていた。それこそ「怒りを通り越してあきれかえる」としか言いようのない、恒常的に冤罪を生み出す「とんでもな」仕組みになっていることやその怖さを、実際に生じた痴漢冤罪裁判を始め2年にわたる緻密な取材と、普通の家庭の一部屋が埋まってしまうくらいの膨大な裁判資料や関連書籍の読み込みの上に作り出した、「一人の善良なフリーター青年の痴漢冤罪逮捕劇」を通して見事に描き出している。

今作の凄いところは、日本の司法制度や裁判、警察の取調べや拘留、果ては日本の法制度や民主主義の根幹に対する監督の鋭い批判、強い怒り・不満を強く観客に感じさせながらも、それが決して一方的に偏ったり、ありがちな「鼻につく正義論」に終始したりすることがなく、法廷モノ映画の醍醐味とも言える法廷での検察・弁護士の激しいやり取りや、冤罪である主人公を支える人物達とのふれあいなど、エンターテイメント作品としての魅力にも富んでいることである。コメディーで傑作を送り出してきた周防監督ならではの手腕であろう。

さらには、「容疑をかけられ、逮捕され、起訴されるまでに至る過程」やそこにおける法律をはじめとした様々な薀蓄、一般人が裁判や逮捕に対して抱くであろう様々な疑問を、作中の主人公・その母親・その友人・主人公の担当弁護士・裁判傍聴オタク・留置所に収監されている容疑者を通して実に丁寧に且つ分かりやすく説明しつつ、極めて巧みに鑑賞者を作品の世界に引き込んでいるのが凄い。この上手さは、鑑賞者に、まさに作品において傍聴席に座っている主人公の家族・関係者と同じような心情にさせ、何より今作での主人公が置かれた境遇が特に男性にとって決して「他人事ではない」との意識を持たせ、否が応にも緊張感を与えるのに絶大な効果を果たした・・・。

周防監督の練りに練られた脚本と演出だけでなく、そしてそれを可能とする弁護士役を演じた役所広司や主人公を演じた加瀬亮、その母を演じたもたいまさこに友人を演じた山本耕史といった役者のはまり具合と非常に優れた演技があったからであろう。特に今時の若者にありがちなフニャフニャした感を出しつつも、徐々に裁判に対する意識を高めていく様を演じきれた加瀬と、辣腕で人間味もある良心的な弁護士を演じた役所の演技は見事と言う他ない。



さて、話は変わって、何故こういった司法制度の問題が生じてしまうのだろうか。

「疑わしきは罰せず」といいつつも、それに基づいた裁判により「本当に犯罪を犯した人間を無罪として世に返すこと」による悪影響と、「とりあえずこいつはやっただろう」と、「全く犯罪を犯していないものを有罪として罰する(刑務所に閉じ込める・犯罪者として認定する)こと」の悪影響の両方を考えたとき、どちらがその悪影響による被害を受ける可能性のある人が多いか。もう考えるまでもないが、それは前者である。後者は無実で捕まえられた本人とその関係者しかいないからだ。

そして、このこととも絡むが、作中でも語られている通り、裁判官とはいえ、所詮は巨大な官僚制度の中の一人に過ぎず、「無罪判決」を出すという検察や警察といった巨大且つ強力な国家権力・組織の仕事をあからさまに否定する行為をとることが物凄く大変だからである。無罪判決を出され、被告やその家族・関係者のみならず、世間やマスコミから「誤認逮捕」「冤罪」などと批判され、冷ややかな目で見られることほど、警察・検察の面子を潰すものはないだろう。だったら、とりあえず「刑事事件の被告は有罪にしとけや!!」と裁判官が思うのも無理からぬことなのだと思う。


こういった様々なことや人間心理が密接に絡み合い、積み重なることによって出来上がったのが、およそ他国の裁判では全く考えられない「99%以上の有罪率」、つまりは「疑わしきはとにかく罰せよ」という異常な結果なのである。

しかし、こういった結果を生み出してしまう司法は、既に「裁判官が日本を滅ぼす」( 門田 隆将)「裁判官はなぜ誤るのか」(秋山 賢三)「司法のしゃべりすぎ」(/井上 薫)といった書籍で明らかにされているように、もはや末期症状とも言える状態になっていると言えるだろう。今作を見た人の殆どがこのことを認識させられると同時に、今までの自分の無知ぶりも認識させられることと思う。

平成21年の5月までに裁判員制度が施行され、一般市民も強制的に裁判に参加=被告人を裁くことに参加させられることとなる。今作は単に痴漢冤罪問題に対する啓蒙や日本の司法制度の問題に対する問題意識の形成のみならず、裁判そのものに対する見方、人が人を捕まえ・裁くという行為の重みというものを強く感じさせてくれる。今作は単に社会派映画にとどまらず、そんじょそこらの法律・司法入門書よりも遥かに優れた内容を有す極めて優良なテキストでもあるのだ。

今の社会及びこれからの社会を考える上でも、一人でも多くの人に今作を見ていただきたいと思う。2007年最優秀作品最有力候補間違いなし!!

但し、個人的には理解は出来るものの1箇所納得できないところがあった。それは今作の根幹に関わることなので書きたくても書けないのが、見た人は誰しもが思うことだと思う。しかし、このことは今作の評価を下げるものではなく、どちらかと言うと個々人の思想・感想の範囲のものであろう。



<長すぎるけど追記>

未だに社会や男性による女性に対する差別が根強く残ってはいるが、同時に社会や女性による男性差別も厳然と存在する。いや、1998年以降に加速度的に世間を飲み込んでいった能力主義・成果主義・合理化といった流れが、よりこのような動きを強めたように思う。

これは何度もこのブログで書いているが、極めて合理的でシステマチックでドラスティックな成果主義・能力主義に世が向かっていけばいくほど、つまりは階級社会・格差社会へと向かっていくほど、本来はそういったものと全く無縁で本来の評価項目とはかけ離れているはずの外見・血縁・コネ・親や配偶者の権力財力が幅を利かせるようになってくる。今の政治家や芸能界、スポーツ界を見れは何よりもこのことが明らかである。有力・有名になるのは有力者・有名者の子供ばかり・・・。

今までは、男性は真面目に働いてさえいれば、取り立てて顔が良くなくても、体型が悪くても、配偶者や家族を十分に養っていける給料を得ることが出来た。それで自分が持つコンプレックスや、ある程度の女性に対する差別及びそれで女性がこうむる不利益が差別を容認することで得る利益により帳消しになっている感があった。しかし、今やそうではないのは、誰しもが分かっていることだろう。男性も外見が問われているのは、男性化粧品やメンズの様々なケアグッズの隆盛を見ても明らか。もはや男性も、かつて男性が女性にしていた差別と同じかひょっとしたらそれ以上の差別に身を晒される時代が既に来ているとすら、私は思っている。

と、物凄く話が意味不明になってきたが、このような動きで出てきたであろう女性学に対する「男性学」において、男性が極めて差別的で不当な扱いを受けるの例として挙げられているのが、痴漢を始めとした女性に対する性犯罪の容疑をかけられた時なのである。ここにおいて、今作での主人公が体験したように、裁判で採用された証言の殆どが被害者側の女性によるものであり、加害者とされている男性のそれが裁判においても対世間においても殆ど受け入れられることがない。本当に痴漢をしていなくても、それで無罪を得ても、その人がたどらされる道は実に悲惨だ。

もちろん、痴漢は卑劣で女性を極めて心理的に追い詰める犯罪であることは間違いない。だが同時に、女性が男性を最も簡単に貶めることの出来る犯罪でもあるのだ・・・。司法制度の改革ももちろんだが、痴漢事件が起こった際に自分も含め大半の人が抱くであろう「男性=加害者、女性=被害者」との認識を捨て、もっと冷静に向き合うことも、痴漢冤罪事件を少しでも減らすために必要なのだと思う・・・。今作を見て強くそう感じた。
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2007/01/24 23:27|映画評トラックバック:0コメント:0

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