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読書評~テレビのやらせ問題を考えてみる

●今野勉 「テレビの嘘を見破る」 新潮社 ★★★




久々の読書評です。今、「あるある大事典」のやらせ問題で再び問われている「テレビ番組制作」における「やらせ」について、この書籍の紹介と共に考えてみたいと思います。

話は変わって、今までの読書評では文芸作品のみ50点満点で採点しておりましたが、今回から学術書や実用書に関しても行うことにいたしました。ただ、文芸書のような点数での評価とはせず、CDのシングルのように★と☆による(☆は★の半分)、最低「★なし、最高★5つ」とする評価といたします。


大まかな採点基準は、

★5つ:名著 読んでいて物凄く面白く、内容もこの上なく参考になる作品
★4つ:良著 かなり面白く内容もとても参考になる作品
★3つ:並レベルの作品 まずまずの内容の作品
★2つ:凡作 あまり面白くなく内容もそれほど参考にならない作品
★1つ:駄作 非常につまらなく全く参考にならない 読むだけ時間の無駄な作品
★1つ以下:カス、ゴミレベル 読み手や書店・出版業界にとって有害でしかない全くお話にならないレベル・内容の作品


となります。但し、あくまで管理人の個人的評価と言うことをお忘れなく。特に思想的なものが関わってくる内容のものに関しては、管理人の好みや思考が当然大きく影響してきますので・・・。





今作は、「事実を放送している・していたと今まで思っていた番組が実はそうではなかった」ということと、それら番組がいったいどのように作られていったのかの紹介・検証や、「やらせとは?」<どこまでが「事実」でどこからが「やらせ」>となるのかに関する様々な人の意見の紹介をしつつ、やらせ問題に対する著者の考えを述べたものである。

流石に現場で40年以上働いてきたこともあってか、やらせに対するありきたりな批判的内容になっていないのが良い。一般人には到底知ることの出来ない「テレビ番組」、特にやらせ問題に直結しやすい「ドキュメンタリー」番組がどのように作られているのかの紹介を通し、「何故やらせが生じるのか」「何故やらせをしてまで番組を作らなければならなかったのか」を実例を示してきっちり紹介しているところは、やらせに対する賛否関係なく「そうなのか!!」と思いながら楽しんで読むことが出来た。

但し、そういった実例の紹介や識者の意見の紹介は良かったのだが、結局これに終始するあまり、さらにはこの著者がテレビ側の人間ということもあり、明らかに制作側を擁護する意見、つまり「やらせ」に対する寛容な意見が多く、この作品の見開きの作品紹介にある「どこからが真実でどこからが虚構かが明らかになる」が明確には示されていない。よって、やらせ問題に対しかなり批判的な意見を持っていたり、「やらせ・虚構とそうでないもの」の明確な答え知りたいと思っている人にとっては、はっきり言って面白いものでも参考になるものでもないだろう。この点に関しては評価は★2つかそれ以下となる。


どちらかと言うと、「やらせの手法」「ジャンル問わずテレビ制作においていかにやらせが常態化しているか」「ドキュメタリー番組の作り方」や、そこにおける「やらせや捏造」が生じる過程やそれを生み出すテレビ制作現場の構造的な体質・問題を理解する上での基本的な「知識」を得るための入門書籍と割り切って読んだ方がよい。この点に関してはそれなりに出来ていると思う。ただ、具体例に関しその殆どが著者が番組制作に携わっていたであろう時の、かなり昔の番組であったのは理解に苦しむ。まあ、やらせの構造・手法に関しては今も昔もそれほど変わりがないのだろうが・・・。




さて、上記にもあるが、今作を読むと、「テレビにおいてやらせが日常化している」ことがとてもよく分かる。考えてみれば、「幻の~を見つける(釣る)」の番組ではたいてい最終日かそれに近い段階で発見される(釣れる)し・・・。「~を育てる・作る」の体験レポートとかの番組で、「それでは●週刊・●ヶ月後に完成したのを見に行きましょう」とレポーターが言った後に切り替わる「~週刊後・●ヵ月後」の場面はその殆どが事前に「完成品」が用意され撮影当日に撮ったものであるし・・・。ニュース番組でよくあるインタビュアーと取材を受けて話す人間を交互交互に映して一見繋がっているように見える映像は、実はインタビュアーが質問している映像部分は後で別に取り直したものであるし・・・。


で、「あるある」とかかつてにあった「NHKドキュメンタリー」とかといった「明らかに問題」となる「やらせ」と、上記「やらせ」だと何となく思っている・わかってはいても問題にはならない「やらせ」との間に殆ど違いはない。それどころか、


・明らかな虚偽がある
・専門的な知識を持っていないと「やらせ」であることが見抜けない
・ないしは専門的な知識を持っていても「やらせ」であることが見抜けない


といった共通点がある。「あるある」の「納豆」問題でもそうだが、一般庶民であれが「捏造」であることに気づいた人がどれだけいたことだろうか?

数少ない両「やらせ」の大きな違いは、

・番組の主旨がきちんと貫かれているか

と、

・やらせによって被害を受ける人がいる


ぐらいしかないのではないだろうか。例えば、上記及び今作にも書かれている「幻の魚は何故収録最終日に釣れる?」に関しては、「魚を釣ったこと」と「その魚が幻の魚」であるという2つの事柄が事実であれば、恐らくその番組の放送により被害を受ける人はいないだろう(釣れてもいないものを「釣れた」としていればそれは「やらせ」であるが)。「~日後に再び行って完成品を見てみましょう」といいつつも実はそれが取材当日である、のも同様だ。「あるある」の問題となったものは、「納豆にダイエット効果がある」と謳っておきながらそれを立証するデータが捏造で、そのダイエットに取り組んだ人やその効果を他者に鼻高々に教えた人、番組の反響で納豆を大量に仕入れた関係者・納豆を大量購入した人らに確実に損失・不利益をもたらしている。


ただ、こういった問題があると、すぐに「嘘のない番組作りを」「やらせは絶対許せない」などと言い出す人がいるが、それはそれで問題である。もちろん、「あるある」のような「やらせ」は論外であるが、日常的に行われている「やらせ」に関しては、テレビ局も一つの「会社」であり「利益追求団体」であり、制作のために使える資金が「決まっている」以上、その根絶は不可能であろう。もし、完全にやらせを排すのであれば、そのために番組の制作費はとんでもなく高騰する。


結局やらせ問題の解決なり改善に関しては、制作側の良心・倫理に頼るしかないのだと思う。だからこそ、この問題の難しさがあるのだが・・・。


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2007/02/18 01:57|読書評トラックバック:0コメント:0

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