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映画評「神童」~グタグタで何が言いたいのかわからない作品

・評価:50点


個人的にとても好きで高く評価している成海璃子が主演ということもあり、期待に胸膨らませて見に行ったのだが・・・。





<あらすじ>

ある静かな日。ボートに寝そべって休んでいる青年のところにぬいぐるみを探している少女が勝手に乗り込んでくる。しかし、勢い余って少女は池に落ちる・・・。それが、青年菊名和音(松山ケンイチ)と少女成瀬うた(成海璃子)との出会いであった・・・。


時は過ぎ、ある日見知らぬ商店街をさまよっているうたは、八百屋の2階から聴こえてくるピアノの音に足を止める。弾いているのは和音。近所の住人に苦情を言われながらも目標である音大合格のために日々ピアノの練習に明け暮れていたのであった。うたは何を思ったか勝手に和音の家に上がりこみ、「これが手本」と言わんばかりに卓越したピアノ演奏を彼に見せ付ける。その日から彼女は、機会があればここに通いつめるようになった。

実は彼女、言葉を覚えるよりも先に楽譜を読め・ピアノを演奏し始めたエピソードがあるなど、「神童」と呼ばれるほどに天才的なピアノの才能の持ち主。大人たちからも将来を嘱望されていた。

しかし、母親をはじめ、自分に過大な期待をかけ、はれものに触るかのような扱いをする大人たちに彼女はうんざりしており、今ではピアノのレッスンにもロクに行かなくなっていた。父親が旅先で亡くなって以降、彼女にかける母親の期待はより一層強くなり、そのことがさらに彼女をうんざりさせ、ピアノへの気持ちを離れさせる。


そうであっても、彼女の性格の悪さに和音は呆れつつも、ピアノを弾けば圧倒的な演奏を見せ付ける彼女を和音は心底うらやましいと思った。

こうして、年も立場も実力も違う二人の珍妙な交流が始まった・・・。



<感想など>


原作である漫画を読んでいないので、あくまで映画での印象のみで以下書いていく。


今作は簡単に言えば、芸術やスポーツなどを扱った作品によくある、「誰もがうらやむ圧倒的な才能を有す天才であるが、回りから過大な期待をかけられ続けているが故に、あることに対するやる意味ややる気を見出せない者と、あることに対する情熱は人一倍あり才能もあるが、精神的な弱さからその才能を上手く発揮できずに空回りしている今の所凡人である者との交流を通し、お互いがお互いに良い影響を与え、それぞれがぞれぞれに足りなかった何かに気づき、様々な人間的成長を遂げていく」

というものであると言っていいだろう。いわゆる王道であるが、それにある安心して見ていられる面白さはほぼ皆無。凡作、と言うよりは駄作に近い。

一番の問題は、結局は上記にある「相互交流」がろくに描かれていないことに集約されている。


松山演じる和音の方は、成海演じるうたの放つ圧倒的な演奏に強烈な刺激を受け、彼女の助けを借りながら練習に打ち込み、音大合格を果たす。これはまあいい。

で、セオリーどおりに行くのであるのなら、うたの方は、上手くはないが一生懸命取り組む和音の姿を見て再び(ピアノを)やる意味を見出しやる気を取り戻す、という流れになるはずなのだが・・・。


しかし、こういったことはない。どちらかと言うと、クライマックスで復活したモチベーションは、自身が幼い時に不可解な死に方をした父親の存在や、それとも絡むが自身の体に起こったある変化によりもたらされた感の方が強い。


各々の人物の話が別々に進みすぎ、さらには切れ切れになっているのである。


また、少し恋愛面での絡みも出したのであるがこれも不十分。お互いの心理描写が足りず、さらに両主人公に思いを寄せる脇キャラが殆ど立っていなかったので、全く持って盛り上がりに欠けていた。


それ以外にも、例えば結局うたの体に生じた変化・・・。まあ、病気になるのだが、これに関してもどうなったのかの明示はなく消化不良になっている。

興ざめなのが、本作において一番の盛り上がりになるはずの演奏会のところ。うたはある理由で突如大観衆の前でピアノを弾くことになるのだが、その理由があまりにも酷い。詳しくはかけないが、音楽のプロが関わる世界では絶対にありえない理由とだけ言っておこう。所詮創作話と言われればそれまでであるが、それでも許されることと許されないこととがあるように思う。


演出も総じて酷い。特にこのことが顕著に出ているのはラストであろう。

ある理由があり、うたが最後にあるところに行くのであるが、何故最後ここに後に和音も現れることになったのか・・・。この場所を和音は知らなかったはず。しかも、最後いきなりの登場である。意味不明で理解不能。

この場面をきちんと描くのであれば、和音がこの場所を類推するだけの情報と、うたがここに向かったという情報、さらには、和音がここに向かっているということを映像できちんと見せなければならないはず。

よって、ラストはどこもかしこも性急さや強引さしか感じなかった。原作ではここら辺のところはそれなりに描けているのであろうが、映画を見ている限り、特に映画しか見ていない人にとってはあまりに不親切で分かりにくい内容・構成としか言いようがない。


まとめると、今作はこれといった見せ場も感動もなく、話や主人公に関わる描写に関しすべてが中途半端なのである。


唯一今作で光ったのは、かねてより私が高評価をしている成海璃子の演技のみ。子供っぽさを見せつつも、時折見せる大人びた表情と、演技と外見的魅力が放つ風格は、映画の酷さ関係なく圧倒的であった。脇として出演していた貫地谷しほりも彼女を前にしては、ほんと凡人のように思えてしまうから恐ろしい。


一方の松山に関しては・・・。個人的には「ダメ」との評価しか出せない。この人、どの作品を見ていても口調とか表情が代わり映えしない。訛りを直す気が全くないようだが、そのことがどの作品においても演技が均質的で稚拙な印象がぬぐえない一番の理由になっていると思う。若手男優の旗手と見る向きが業界にも一般人にもあるようだが、個人的にはそのような対象として論じれる段階には達していないと考えている。


あと、蛇足であるが、和音に思いを寄せる声楽家の優秀な生徒(たぶん)を貫地谷が演じているのだが、彼女が歌を歌っているところの「吹き替え」部分も酷すぎる。こういうのって昔から数多く行われていることであり、方法論も確立していると思うのだが・・・。その露骨にあっていない様にただ笑うしかなかった。もう少しやりようがあっただろうに・・・。これは明らかに制作側の問題。劇中音楽が非常に良く、音楽以外でも音に対するこだわりが聴いてとれただけに、細部のつくりの雑さはほんと嘆かわしい。




<おまけ>~今年の邦画はつまらない・・・今の邦画の構造的問題

以下、まとめを兼ねて、以前に私が某所に書いた話の訂正加筆版をここに書く。文体が「ですます調」になっているがご容赦下さい。



それにしても、ここ3・4年くらいは「邦画>洋画」であったけど、今年に関しては全く逆です・・・。

既に今年(4月末日時点)に入って映画を20本(邦画10 洋画8 アニメ2)

見ていますが、アニメを含めた邦画の12本のうち80点以上なのは「バッテリー」と「それでも僕はやってない」の2作のみ。洋画に関しては「デジャヴ」「プロジェクトBB」の2作。ただ、80点以下の点数ではありますが、「ブラッドダイヤモンド」も印象に残る力作ではありましたね。


邦画に関しては、とにかく主役である若手女優の実力・魅力は光るものの、ストーリーや演出、キャラ設定、他の出演者などに問題がありありの作品が多すぎですね。

「幸福な食卓」「アルゼンチンババア」「神童」「海でのはなし」「蒼き狼」「Dear Friends」など、皆そうです。
「僕は妹に恋をする」はすべてが最悪でしたが・・・。

見に行ってはいないですが、「蟲師」の評価も散々なようで・・・。

今年に関しては、「邦画はつまらない」になっていますね。


若手女優の人気・実力に依存し、とにかもかくにも映画を乱発しているのが、その最たる理由でしょう。製作者の数は恐らくそれほど増えていないのに作る作品の数だけは、若手女優ブームを受けてどんどん増えていく・・・。以前にも少し書きましたが、韓流ブームと同じ道をたどっているように思えてなりません。昨年にもこのような動きがありましたが、今年はさらに酷くなっていますね。


邦画バブルも、今年ではじけそう・・・。最強クラスの若手女優が主演を張る「初雪の恋」や「明日、恋する」、「そのときは彼によろしく」

あたりがダメであれば、いよいよバブル崩壊だと思います。しかし、既に嫌な予感でいっぱいですけど。

あくまで映画にとって一番大事であるのはストーリーです。俳優はそれを最大限に表現するための道具に過ぎません。もちろん、「この俳優あってのこの映画という作り方」も大いに結構ですが、最近は人気女優をとにかく起用できそうな原作作品を見つけては映像化する、という安直な作りを見せる作品が多すぎます。

昨年における宮あおい、上野樹里、沢尻エリカ、蒼井優、今年における新垣結衣、成海璃子など、特定少数の者に短期間に出演が重なるケースがそれを象徴していますね。

製作者の方々には奮起願いたいところ。さもないとせっかくのブームも一気に冷めてしまいますよ。その傾向はありありと出ています。
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2007/05/03 23:06|映画評トラックバック:0コメント:0

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