バツ丸のエンタメ問答

音楽・映画・本好きのためのよろずやブログ

ホーム 全記事一覧 << 前の記事 次の記事 >>

カレンダー 

09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

ただいまのお時間 

最近の記事 

月別アーカイブ 

カテゴリー 

最近のコメント 

最近のトラックバック 

おすすめ書籍 



読書履歴! 









検索 

ブロとも申請フォーム 

この人とブロともになる

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。




--/--/-- --:--|スポンサー広告

映画評「ロッキー・ザ・ファイナル」~まあ、ロッキー好きな人へのプレゼントってなわけで・・・

・評価:60点
(ただし、ロッキー世代やロッキー好きでないのなら、この点数の半分もないような気も・・・)


今日は休みだったので朝一の上映分で観に行ってきました。








<あらすじ>

数々の激闘の末に2度ヘヴィー級チャンピオンになったロッキーも、今や引退し、自らのボクシング人生を築き上げた、しかし、すっかり様変わりしてしまった地元フィラデルフィアでレストランを経営していた。だが、その傍らに常に彼が愛し、彼を支え続けてきた愛妻エイドリアンの姿はない。既にガンで他界していたのだ。エイドリアンとの子であるロバートも、事あるごとに偉大な父のことであれこれ他者から言われ続ける生活にうんざりし、家を飛び出し、今では父と顔を合わすどころかエイドリアンの命日に墓参りにすら訪れなくなっていた・・・。


店を訪れた客らに過去の栄光の話を語ったり、一緒に写真を撮ったり・・・、それが今のロッキーの日常。

だが、その行為は、エイドリアンと一緒に過ごした在りし日を嫌が応でも彼に思い出させ、彼に孤独を痛感させた。

過去の思い出にすがるしかないロッキーは、それが故の心の喪失を埋めるように再びボクシングを始めることを決意する。そう、彼の心の中にはまだくすぶるものがあったのだ。だが、そのことを聞いた息子は「笑いものになるだけ」と彼を非難しただけ。しかし、彼の強い熱意に打たれ、息子をはじめ、かつて仲間に、新たに交流を結んだ人々が彼の元に集まり、彼の復帰を応援するようになっていった。


一方、今のヘヴィー級界は現チャンピオンであるディクソンが圧倒的な強さを見せていた。しかし、彼が強すぎるのか、果てまた相手が弱すぎるのか、試合が余りにもあっさり終わりすぎることもあり、ボクシングファンはヘヴィー級の試合に飽き飽きし、果ては彼のボクサーとしての実力を疑問視するという状況に陥っていた。


そんなある日、スポーツTV局が向かうところ敵なしの現役ヘビー級王者ディクソンと往年の名チャンピオンのロッキーとの強さを比較するシュミレーション番組を放送した。総じてロッキーひいきで現王者をこき下ろす内容であった。

すっかり業界やファンから見放されたことに危機意識を感じたディクソンのマネージャーは、ディクソンのイメージアップを図るため、彼の意思を無視し、「チャリティーのためのエキジビションマッチ」と称し、今尚カリスマ的人気を誇るボクサーであるロッキーとの試合を企画。自らの内に眠る思いをすべて吐き出すため、この無謀としか言いようのない試合をロッキーは受諾した。そして、猛特訓を積んだロッキーは再びラスベガスのリングにあがったのであった・・・。



<感想など>


はっきり言って話はファンタジーの領域に入っている。50代の男が現役に復帰して、しかも無敗の秒殺チャンピオンと戦う・・・。37歳が定年となっている日本のボクシング界からしたら、びっくり仰天どころの騒ぎではない。


そのことを誰よりも当人が理解しているのか(じゃなきゃ今作を撮ろうとは思わないだろう)、今作において、「チャンピオンとの試合に至るまでの過程、特に心的な理由の説明」の描写に一番時間が割かれている。が、それはある程度の説得力があるにはあるが、完全に上手くいったかというと、さらには映画的に面白くなるのに貢献したかというと、そうとは言えないだろう。


まあ、「心の中にくすぶっているものがある」と言われたってねぇ・・・。普通この年で現役チャンピオンと試合したら死ぬか廃人、そうでなくても満足な体でリングを降りることはないだろう。

しかし、そういったことを取り上げてあれこれ言い出したら元も子もないし、そもそも今作をわざわざ映画館で見るような人でそうしようと思う人も皆無であろう。映画館に足を運んだ段階でこのことに関してはもう「突っ込みませんよ」「批判しませんよ」と、暗黙のうちに了解していなければならない。そうでなければ、今作を見る資格がないとすら思う。もちろん、「レフェリーストップ」が存在しない作中世界のボクシングに対しても同様だ。


しかし、このことを差し引いても今作には結構問題がある。一つ目は、30年前にロッキーが素行を注意した女性とその息子との交流の描写だ。

てっきり、この女性がエイドリアンに代わる新たなロッキーの伴侶とさせることにより、チャンピオンとの試合と共に、

「エイドリアンの死のショックからの立ち直り」=「ボクシングとの決別」→「そして新たな人生へと進む」

を、このシリーズのラストとして描き出すのかと思っていた。


だが、実際には両者はそういった関係にはならない。というか、この女性やその子供の存在が今作を考える上で殆ど機能していない。実に中途半端で何のために出てきたのか、この親子を通して何を描きたかったのかが理解しかねる。


それでも、作中の端々に盛り込まれたロッキーシリーズの名場面の数々に(本人が失敗と認め今作を作る原動力にもなった「ロッキー5」は除く)、このシリーズのファンなら感慨深くなること必至であろう。娯楽作品の主役という枠を超え、「本当に実在したチャンピオン」と思える程に、シリーズ通してスタローンが演じ続けてきたロッキー・バルボアのリアルさや存在感が凄まじい。


しかし、総じてこういった場面が長すぎたのがよろしくない。最終作であるので、彼が主張したかったことすべてを盛り込みすぎたのが仇となったか・・・。


だいぶ長くなったが、今作を考える上でもう一つの問題は、試合へと至る過程で当然存在する「トレーニング場面」の作りこみの甘さだ。

ロッキーファンであるなら大概の人は分かるだろうが、交互に片手腕立て伏せをするところや、精肉工場で吊り下げられている肉の塊をサンドバッグ代わりに殴りまくるところなど、「ロッキー1」でのトレーニングシーンを踏襲している。

ま、それはいいのだが、ダメなのは、どう考えても普通に戦っては勝てるはずのないチャンピオンに勝つための「戦略」「作戦」がトレーニング場面に盛り込まれていないことだ。持久力や瞬発力、スピードに欠けるロッキーが一発の破壊力を増すためのトレーニングをするのは素人にも思いつくこと。机上の空論・理想論の域を出ないでも、それだけではない何か~相手の心理面を突く頭脳的なそれなど~を見せて欲しかった。このことがなかったので、今までの作品ほどにはラストの対決に感動やカタルシスがなかった。禁止薬物を使ってまでスタローンが体作りをしたこともあってか、恐らくその副作用で肌が酷いアトピーのようにただれており、血色が悪いのも、こう感じさせた大きな理由だ。


明らかに自らの体を蝕み寿命を縮める行為の上に成立したボクシングシーン。代償に見合うだけの出来であったかどうかは、個人的には懐疑的だ。まあ、本人が納得しているのであればいいのだが・・・。


そうまでしても、ロッキー5で中途半端で消化不良になっていたこのシリーズにきちんと区切りをつけたかったというわけか・・・。その意気込みだけは高く評価することが出来る。ロッキーファン、特にシリーズの1・2作目が大好きな人であれば、今作は是非見ていただきたいところ。それ以外の人には用がない作品であるとも言えるが・・・。
スポンサーサイト




2007/05/17 01:13|映画評トラックバック:0コメント:0

コメント
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する


トラックバック
トラックバックURLはこちら
http://badtzmaru.blog34.fc2.com/tb.php/533-295c0043

プロフィール 

聴いた曲の履歴!! 



プレイリスト詳細

アクセスカウンタ 

,
・トータルアクセス



・ユニークアクセス





ランキングに参加しています。よろしければクリックしていただき、投票にご協力いただけたらと思います。

その他コンテンツ 

・バツ丸のヲタク拝見
・過去のレビュー
・以前の他事争論
・名盤紹介
・墓場に持って行きたい曲
・月別CD DVD購入&試聴記録
・アルバムレビューについての説明

リンク 

ブログ検索 

おすすめCD!! 

購入・試聴CD 











DVD・その他 

Copyright(C) 2006 バツ丸のエンタメ問答 All Rights Reserved.
Powered by FC2ブログ. template designed by 遥かなるわらしべ長者への挑戦.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。