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映画評「プレステージ」~わけわかんね

・評価:30点


予告を見てかなり面白そうな予感がしたこの作品。きっと凄まじいマジックと知的な対人駆け引きを見せる作品であると、かなり期待して鑑賞に臨んだのだが・・・。

うん、酷い作品。鑑賞者を騙そうと、作品を面白くしようと話をひねりにひねった結果、その思い・努力とは正反対にどんどん作品が酷くなっていく・本質からかけ離れていく、を見事に見せてくれたように思います。前評判倒れ・宣伝倒れの典型例。

現時点で上半期の洋画でバベルに次ぐ「期待はずれ」。


映画評に関しては、映画の作品性もあり、かなり「歯抜け」的なそれとなります。一番の問題については言及していません(できません)。いくら口に出して言いたくても「言ってしまったらおしまい」ということがありますので。私でもその辺りのところはわきまえているつもりです。ご了承下さい。





<あらすじ>

本格的に「科学」の時代が始まりを告げた19世紀末のロンドン。そこにおいて、マジシャン、カッター(マイケル・ケイン)の助手をしていたロバート・アンジャー(ヒュー・ジャックマン)とアルフレッド・ボーデン(クリスチャン・ベイル)。お互いライバルとして尊敬し、互いに競い合いながらマジシャンとしての研鑽を積んでいった。

しかし、ある時、水中脱出マジックの事故でアンジャーの妻は死亡。マジック中に解けるはずの「縄」が解けなかったのがその理由である。その縄を縛ったのはボーデン。アンジャーは妻を死に至らしめたボーデンに凄まじい怨みを抱き、復讐することを誓う。一方のボーデンも執拗に自分を追い詰めてくるアンジャーに激しい憎しみを抱くようになった。

それは、それぞれが超一流のマジシャンとして、アンジャーが「グレート・ダントン」、ボーデンが「ザ・プロフェッサー」と称えられるまでになっても、一向に変わりはしなかった。

相手のマジックを上回ろうとする「マジックに対する執念」と「相手に対する憎しみ・復讐心」は止まることを知らずエスカレートし、アンジャーは左足が不自由に、ボーデンは左手の指をなくし、さらに各々最愛の人を失う事態にまでなった。しかし、それでもお互い抱く敵愾心はなくなるどころかより強くなっていったのである・・・。



<感想など>

まず、注意していただきたいのは、予告映像やそこにおけるキャッチコピーが「これでもか!!」と示しているような、また鑑賞者が期待するであろう、それこそ「イリュージョンマジック」「マジック対決」のような、華麗で緻密で幻想的でスタイリッシュなストーリー展開や知略・心理的駆け引きは微塵もない。

あるのは、上記とは相対するどろどろ・グログロの「陰湿且つ原始的な暴力の応酬」だ。もし、観賞前の私と同様上記のような作品性に期待して今作を観に行こうと考えられているのであれば、再検討した方がよいと思われる。きっと金と時間の無駄になるからだ。とにかくちょいホラー的などろどろの応酬を求めているのであれば、ある意味物凄くお勧めではあるが。


観ていて笑えるのは、もう直球で、それこそ観客すら巻き込む形で相手に対する露骨な妨害工作をしているのに、お互い超一流マジシャンとして存在できていること。完全に「犯罪」と言い切れる「妨害工作」と、その妨害工作があったとは言え大観衆の眼前で「思いっきりマジックを失敗している」こともあり、常識で考えたら両名とも「業界追放」で且つ確実にムショ行きだ。

また、前半から中盤にかけて、意図的に話を難解なものにしようとしてか、カット割が異常に早く・細かく、さらに時制が無茶苦茶なので見ている方は内容を的確に理解できない。主登場人物の名前を覚えきる前に終盤に差し掛かってしまう。もう少しオーソドックスなものにしていたら、もっとよくなっていただろうに。


今作の見所であろうマジックに関しても・・・。あのカッパーフィールドが監修ということで物凄く期待したのであるが・・・。

出てきたマジックは、ごくごく初歩的・原始的なマジックばかりで・・・。もちろん、19世紀という設定が制約となっているのであろうが、それを差し引いてもしょぼい。流石に現代にも通ずるような内容のマジックのタネばらしはタブーであるか・・・。ある程度以上のレベルのマジックになると「タネ明かし」の「タ」の字すら出てこない。

序盤の序盤でこれらことが出てきた時点で「何て雑なつくりなんだ」と思い、「やばいかも・・・」と危険信号が脳内から発せられたわけであるが・・・。

それ以降も、もう突っ込みどころや問題点がどんどん出てくる、出てくる。

その中でも特に大きなものを挙げると、後半及び今作全体において極めて重要な人物を何故ボーデンがアンジャーより先に知りえたのか・・・。この点が判然としない。2人の対立の原因となったマジック失敗に関しても、不幸な事故なのか意図的な殺人かはっきりしなかったし(後半の展開を見ていると、たぶん事故なんだと思うけど・・・。)。


しかし、これらことは今作を考える上で大した問題ではない。


じゃあ、何が問題なのかと言うと・・・、これが書けない、言えない。どんなに書きたくても言いたくても出来ない・・・。今作の一番の問題は、「=核心・オチ」になるからだ。

年に1・2作しか見ないような人ならともかく、映画好きである(と思う)私には書けない。普段あんなにけちょんけちょんにいろいろ書きまくっていても流石にこればかりはムリ。平然とブログなりで書いている人がいるが、ちょっとどうかと思う。


ある意味今作の監督って才能があるのだろう。映画の作品性で映画に対する批判を封じ込めてしまっている。核心部分に対する批判や苦情をブログなりで言及することは、これから「コナン」や「金田一」を見る人に対し、「犯人は●●で、動機は××」と言うのと同様かそれ以上に酷い行為になってしまう・・・。

核心部分をうかつにも知ってしまったら、もう今作を観に行く意味はない。

まあ、後半は作品が変わってしまう、とだけ言っておこう。


と、酷評しながらも核心部分を避けた変な評になってしまったわけであるが・・・。

しかし、そんな今作にも誉める点はある。

それは、話の最後であり根幹でもある「謎」に関し、その場面が来るまでに鑑賞者がその謎が何であるかを「推理・判断」するだけの情報をきちんと出している点にある。その謎がどんなに酷いものであってもだ・・・。

論理展開を無視して突拍子もないオチを出す作品が多い中、観賞後に謎のかなりの部分が氷解する今作の作りは評価に値する。

とは言っても、所詮はね・・・。



<どうでもいい追記>

両名のマジシャンと関係を持つ若き助手役を演じたスカーレット・ヨハンソンであるが・・・。

この人って「綺麗な人」ではないな~。どちらかと言うと深田恭子にも通ずるブスカワイサが・・・。

しっかし、上半身にメロンが乗っているとしか思えない「お胸」は凄い。そのスタイルで当時の衣装を着ると服から胸があふれ出ていてとても苦しそう・・・。笑える。主な女性キャラは彼女を入れて3名いたが、残りの2人が今の日本人レベルで見ても「貧乳」であったので尚のこと彼女の胸が目立った。恐るべし、スカーレット・ヨハンソン!!(えっ!!?)
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2007/06/22 01:39|映画評トラックバック:0コメント:0

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