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嗚呼、波乱盤上4~90年代最高の女性アーティストにして青春の象徴ZARD~その3

仕事の関係と総評の関係で間が空いてしまいましたが、今回でZARD編終了となります。

副題は「ZARDと私~大切なことはZARDから学んだ」になりましょうか・・・。





<ZARDとの出会い・・・>


ZARDとの出会い、それはドラマ「結婚の理想と現実」を通してであった・・・。

ドラマ自体には当時の年齢もありさして興味を惹かれなかったものの、彼女の切ない歌唱には何かしら耳を惹かれるものがあった。

自分に多大な影響を与えたアーティストとは、不思議とそのアーティストのデビュー曲を偶然耳にして、という出会いが多いのだが、ZARDはまさにその走りであると言える。
(後の、松田樹利亜、PAMELAH、FEEL SO BAD、相川七瀬、小松未歩、などもそう)。


当時、80年代から活躍しているニューミュージックのアーティストやアイドル歌謡などを聴いており、好きなアーティストもそれなりにいたが、基本はMTVや英米チャートをチェックする洋楽志向の人間であった。さらに、自分が当時大好きだったマイケル・ジャクソンの作品にゲスト参加していた有名ギタリストを通し(スティーブン・スティーブンス、エディー・ヴァン・ヘイレン、スラッシュ)HR・HMに強い興味を持ちはじめたこともあり、完全に洋楽至上主義者の邦楽差別主義者であったのである。マイケルがモンスターアルバム「DNGEROUS」を発表したときであり、マライア・キャリーの人気に一気に火がついたときでもあるので、尚のことであった。邦楽アーティストでストイックに追い求めていきたい、というよりも、当時の海外シーンの隆盛やそれに対する強い関心が、日本人アーティストに対する興味をはなから持たせなかったのである。

しかし、ZARDの歌唱・曲を初めて聴いたとき、「もっと聴いてみたい」との思いが何故か湧き上がってきた。


1991年、立て続けにリリースされた1st・2ndミニアルバムを速攻で入手し、各々初めて耳にしたとき、今までに聴いてきた確固たる個性・実力を有している大御所アーティストやアイドル歌謡、そして洋楽にはないもの~クセのなさ、聴きやすさ、哀愁に最初はなじめず、実は「買って失敗かも」とすら思っていたのだが・・・。繰り返し聴いているうちにいつの間にか嵌ってしまい、逆に聴かずにはいられなくなってしまったのである。

折りしも当時はガールポップ隆盛が始まった頃。私はZARDを通し、日本の女性アーティスト、日本の音楽シーンに強い興味関心を持つようになった。今でこそ、日本人歌姫を主軸としたサイトやブログをやっていた・やっているわけであるが、ZARDが居なかったら、ここまで日本人歌姫やそれらが作るシーンの状況にこだわりを持つことはなかったかもしれない・・・。そう考えると本当に恐ろしい。当然、今のGIZAアーティストまでに至るビーイングアーティストとの出会いもなかっただろう。


ZARDから数多くのかけがえのないことを学んだが、このこともその非常に大きなものの一つである。邦楽アーティストに対する偏見を取り払い、音楽観を広げる何よりのきっかけとなった・・・。

そして、このことと同じかそれ以上に重要であり、自分の音楽観の根幹となっている「楽曲至上主義」「声質至上主義」という概念を自分に教えてくれたのもZARDである。

ZARDやビーイング系列のアーティストにひたすらはまっているときはこのような考えを持ったわけではない。だが、ビーイングを絶頂の座から引き摺り下ろすことになる小室系・エイベックス系アーティストの音楽がこの考えを生む大きなきっかけとなった。


秘密主義で殆ど表に出てこず、存在自体疑われることもあったビーイングアーティストと比べ、当時メディアに積極的に出てきたエイベックスアーティストは確かに歌は上手い。しかし、しっくりこない、好きになれない、良いとは思えない・・・。何故そうなるのかを考えたとき、一つの結論に達した。

音楽とは、歌唱技術ではなく楽曲の完成度と歌い手の声質、及びそれらの相性の良さこそが重要であるのだと。楽曲の魅力に立脚しない歌唱技術などに意味はない、逆に曲が良くそれと歌い手の声とが合ってさえいれば、歌唱技術がそれほどなくても曲はより良く聴こえる・・・。完成度の高いメロディアスな楽曲の数々とそこでの坂井の歌唱はこのことを何よりも示していた。ここ最近こそ、この法則が崩れてはいるが、ZARDをはじめとするビーイング及び女性アーティストの伝統とも言うべき魅力・良さであった。ZARDの魅力は、そのまんま自分の音楽観として根付いているのだ。一生変わることはない・・・。この音楽観に気づかせてくれたZARDには、いくら感謝してもしきることはありえない。楽曲・歌唱の魅力もさることながら、私にとってZARDがかけがえのないアーティストになっているのはこの点に尽きる。


だが、彼女が亡くなった今になって、よりこのことを痛感するのはなんたる皮肉であるか・・・。


先日、業界関係者などを集めての「音楽葬」が行われた。恐れくこれで一連の死亡関連の動きに区切りがつくのは間違いないと思う。かつての尾崎豊やhideと同様、年が経つにつれ、徐々に存在が薄れていくことであろう。しかし、この先もずっと私に大切なことを教えてくれたZARDの音楽を私は聴き続けていきたい・・・。

「音楽観の中心にZARDあり」
「始まりはZARDにあり」








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2007/06/26 23:02|嗚呼、波乱盤上トラックバック:0コメント:2

コメント

バツ丸さんのZARDに対する思いがブログを通じて、良く伝わります。坂井泉さんは、音楽シーンが変わろうとも普遍的な楽曲を作ってきました。努力する所をみんなに見せず(メディア露出を控えていた為)誰にでも惑わされない、真の強い女性だったと思います。ずっと、綺麗で…自分もショックで「負けないで」をテレビで聞くたびに、「同じ曲ばかり流すな!たまには違うのながせ。」とツッコミいれたりしてました。私としては60歳ぐらいで今までの謎をあかす、自伝本を坂井さん自らいつかだすんじゃないか勝手に想像してました。
アイスキャンディー #-|2007/06/28(木) 21:41 [ 編集 ]


>アイスキャンディーさんへ

ありがとうございます。

坂井さんは時代を代表する且つ不偏の曲を作りましたね。ほんと、そう思います。あの程度の露出でここまでの支持を得られたのは、曲と歌唱と声の良さが故でしょう。

年をとられても、とことんやっていただきたかったですね。残念です。
バツ丸 #-|2007/07/01(日) 01:45 [ 編集 ]

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