バツ丸のエンタメ問答

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映画評「夕凪の街 桜の国」~原爆被害は未だ終わらず~大手シネコンよ、恥を知れ!!

・評価:95点 (バツ丸心の名画選入り)


参院選の投票のついでに、前評判が良かったこともあり観に行った今作。普段1000円・1200円で映画を観ている貧乏人である私にとって、今回は久々に規定料金に近い1600円で観たのであるが・・・。

今作の監督があの「半落ち」や「四日間の奇蹟」といった駄作を生み出した人物ということもあり、全くその出来に期待してはいなかった。

しかし、観た後の感想はそれとは全く逆で、ダメっぷりを見せ付ける今年の邦画の中におけるなけなしの良心及び、改めて今の邦画業界の問題を痛感させる見事な作品。1600円の出費は惜しくも何ともなかった。








<あらすじ>


・夕凪の街

原爆投下から13年もの月日が経った昭和33年の広島市街。復興はめざましく、一見、街は繁栄や活気を取り戻しているかのように見えた。だが、街のいたるところに原爆投下による被害の爪痕があり、人々の生活も尚貧しく、何より人々の心と体とに未だ癒えぬ傷・痛み、そして被爆症による死の恐怖が確実に存在していた。


原爆により、妹と父親を失い、幼いこともあり原爆投下以前に親戚の所に預けられ、その後に養子になった弟(伊藤充則)と離れ離れになり、今は母親フジミ(藤村志保)と2人で広島市街で生活している平野皆実(麻生久美子)も、事務職員として日々を懸命に生きながらも、これら痛みや恐怖にさいなまされ続けている1人の被爆者である。

そんなある日、彼女は同じ会社に勤める打越(吉沢悠)からプロポーズをされる。彼に好意を抱き、自分も人並みの幸せを得られるのだなと思いつつも、しかし、自分が被爆者であること、妹や父が死んだのに自分だけが生き残っていることに強い罪悪感や苦しみを感じる彼女は、彼の気持ちに素直に答えられずにいた・・・。目の前に開けた幸せと罪悪感・・・。その間で彼女の心は激しく揺れ苦悩する。だが、そんな彼女を打越は優しく包み込む。しかし、ようやく幸せを掴みかけたとき・・・。


・桜の国

平成19年の夏の東京。石川七波(田中麗奈)は、定年退職してからというもの、やたらと遠距離電話や遠出を繰り返す父親(堺正章)のその不審な行動が心配で仕方なかった。

今日も、既に深夜になろうというのに1人自転車を走らせ外出。ついに彼女は父の後をつけることにした。彼女の抱える様々な気持ちを他所に、彼は切符を買い電車にのり、さらに電車を降りて今度は何と「広島行き」の高速バスへと乗り換えようとしていた・・・。

駅で切符を買う父の姿を見ていたときに、たまたま小学生の時の同級生である利根東子(中越典子)と出会う。素で飛び出し、お金など殆ど持っておらず困っていた七波は、お金をたくさん持っていた彼女と一緒に父をつけることにした。

久しぶりに目にした広島。そこで七波は被爆者であった祖母と母のことを思い出す。そして、一方の東子も・・・。実は彼女は看護士であり、七波の弟で今は研修医である凪生(今井勇太)と交際し、結婚を考えるまでの関係であったのだ。だが、凪生は・・・。

広島にある様々な風景と平和記念館、七波の父の行動・・・、それぞれの人生に大きく且つ深刻な影響を与えた原爆投下について、その当地に来たことにより否応なしに向き合されることになった・・・。



<感想など>


既にお分かりかと思うが、今作は「夕凪の街」と「桜の国」との2話で構成される二部構成の作品である。が、各々が独立した話の展開をしつつも、両話に登場する一人の登場人物を軸に、一方の話がもう一方の話を補完し、最後には2つの話が交互に展開され、そして一つに収束し終焉するという形がとられている。


さて、今作はいわゆる「反戦映画」「原爆映画」に分類されるであろう作品であるが、今までのそれと比べると、原爆による直接的な被害の描写がなく、さらにそうもあってか、戦争の悲惨さや反戦思想を強く訴えている場面もないのが、その大きな違いであろう。あくまで1・2部とも、主人公をはじめとし「爆心地から遠いところで放射能被害を受けたものの後も生き続け、原爆により様々な理不尽な運命を背負わされた名もなき人々」の、極めて小さい人間関係や日常生活の描写をして、静かに、だが切々と、

「原爆投下という人類史上最悪の犯罪・虐殺による問題が全く終わってなどいない」

ことを訴えかける。淡々と静かな描写だからこそ、その描写に反し強く心に残るものがある。


放射能の影響により体質が虚弱となりきちんと働けない者。作中銭湯における入浴場面で多々見受ける、裂傷や火傷を体のいたるところにある女性達・・・。何より、被爆者を永遠に束縛して離さない「放射能を浴びたことによる身体への不安、死への恐怖」・・・。

こういったことにより、就職できなかったり決まっていた縁談を破棄されたり、交際相手にふられたりした者はきっと数多く居たに違いない・・・。作中にもあるが、広島出身ということだけで差別を受ける様には言葉を失う。体の傷もさることながら、こういったことやかけがえのない人々を原爆で失ったことによる「心の傷」はより大きかったのだと思う。


同じ被爆者でありながら、被爆症による様々な身体的問題を生じながらも83歳と天寿を全うしたフジミと、若くした亡くなった彼女の娘皆実と、長男の嫁京花とがたどらされた、そのあまりに無常な運命の対比や、自分も被爆者であるのに、長男が被爆者の女性と結婚することに反対するところの場面には、涙が出そうになった・・・。
(映画を観ながら、小学生の時に居た被爆三世で髪の毛が殆どなく、それが故にいじめられてもいた女の子のこと思い出した。私の世代ではまだ被爆三世ということもあり、その影響を受けている人が少なくなかった。)


しかし、今作で一番心に来るのは、原爆投下による被爆という、あまりに残虐で理不尽な目に合わされながらも、死んだものの思いを受け止め、どんな状況にあっても逞しく前向きに生きていこうとする人々の強さにである。観ていて「もらった命は大切にしなければならない」と改めて思わされる。

とにもかくにも、人物描写、心理描写、時代性の描写が非常に丁寧で素晴らしい。作品柄主要人物の死が結構あるのだが、ここ数年の「登場人物を死なせ、病気にさせるものの、単に悲しみだけしか表現できない」清純・純愛・感動系映画との決定的な違いは、人の死にきちんと意味づけが出来ており、その死をして心理や時代、社会といったものをきちんと表現できていることに他ならない。


私の映画哲学・文学哲学である、

「人と人の心と時代と社会とを描けてこそ真の作品」

を見事に体現してくれた。


「原爆を落とされて長崎は本当に無数の人が悲惨な目にあったが、あれで戦争が終わったんだという頭の整理で今、しょうがないなと思っている」

などと、これこそ「非国民」と言わずして何と言うとしか言いようがないゴミ発言をしたどこぞの国の元閣僚への怒りでいっぱいだ。原爆の問題は尚連綿と続いているのである。


最近は、やれ「集団的自衛権の行使だ」「米軍と一体となった安全保障だ」「憲法改正だ」「愛国心だ」などと、調子のよい事・耳障りのよいことをほざくやからが多いが・・・。

国際法で集団的自衛権が認められている、交戦権や軍隊保持が認められている、といった法的な正当性なんぞ正直どうでもよい。

何故戦争は絶対起こしてはならないのか・・・。それは、今作にあるように、こういったことによる影響を受けるのは、上記調子のよい言葉をほざくやからでも上層階級の人間でもなく、日々を懸命に生きている人々であるからだ。この当然と言うべきことが殆ど忘れ去られ、反戦と言うことに対し即「サヨク」とかとレッテルを貼られる風潮に私は息苦しさと怖さとを感じずにはいられない。


先日選挙で退廃した某党の関係者を始め、尚原爆投下を正当化しているアメリカ人や、
(既に最近の学術研究において、原爆投下の正当性としてアメリカ人があげている「原爆投下により戦争が早期終結した」は否定され、人種差別や人体実験、戦後世界政治における主導権争いのために投下した説が有力になってきている。)



さて、話がそれたが、今作に全く問題がなかったわけではない。

大きなところでは、被爆した女性と長男との結婚を母であるフジミは反対していたのに、その場面の後に両者がすぐに結婚してしまっていることがあろう。もう少し両者の結婚までに至る過程を描いて欲しかった。

また、今作において主役ではないが極めて重要な役を堺正章が演じたこと。悪くはなかったが、もっときちんとした俳優に演じていただきたかった。雰囲気は原作に合っていると思うのだが・・・。

そして、最終場面。ここは1部と2部の内容が交叉し話が収束するのであるが、過去の場面において今の時代の人間である某人物が過去の人間と同時に登場していること・・・。各所でのインタビューで監督が何故そのようにしたのかに関し述べているが、個人的にはその意図を理解できはするがこの演出は失敗であったと思う。


こういう細かなところでの問題を考えると本来は85~90点ぐらいの評価になるのだが、内容の良さがそれを補った。


だいぶ長くなったが、俳優についても述べておこう。

1部の主役を演じた麻生久美子をはじめ、母親役を演じた藤村志保、2部の主役を演じた田中麗奈などなど、その演技・存在感共に素晴らしいものがあった。

その中でも麻生久美子が一番であろう。「時効警察」での演技しか知らない人は、今作を観て「あの宮あおいがライバル視している」「日本映画の至宝と言われている」その理由を体感していただきたい。ほんと素晴らしい女優だ。

ただ、彼女らのような中堅・ベテラン女優にかこまれながら、出番こそ少ないものの今作でかなり重要な役である京花の子供時代を演じた小池里奈の演技・存在感が光っていた。これからの成長がとても楽しみだ。

惜しむらくは、こういう作品に堀北真希や宮崎あおい、長澤まさみ、北乃きいらに出演していただきたかった・・・。100本の駄作に出るよりも、こういう作品1本に出ることこそが、女優としての本懐であり、女優の資質を飛躍的に伸ばすことでもあると思う。



<最後に>

内容・テーマ共に素晴らしい今作であったが、それに反し、内容が地味というおよそ考えられないような理由で今作は大手シネコンでの公開を拒否されている。実際上映館は小シネが多く、大手シネコンでは「109系列」か「東宝系列」中心の公開に止まっている。


大手のシネコンの連中には文化や映画を尊重する姿勢・思想が皆無らしい。下らん映画をどこもかしこも同じようにシネコン内で複館上映してばかり。バカ丸出しだ。こういう映画こそ、きちんと上映すべきであろう。日本人として、文化事業関係者として恥ずかしくないのかと、映画を観ていて心底腹が立ってくる。情けない。今の日本の映画事情は相当に貧困であると思わずにはいられない。

1人でも多くの一般人にも是非とも観ていただき、戦争や被爆のことについて、被爆国の一員として改めて考えるのもよいだろう。
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2007/07/30 02:03|映画評トラックバック:0コメント:0

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