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映画評「HERO」~面白いが役者と立ちすぎたキャラクターに依存したダメ映画・・・

・評価:60点


本当は観賞予定外であった今作。思いのほか「良い」との意見もあり、急遽観に行ったのですが・・・。


その感想は正しくはあり、それなりの面白さを感じはしたのですが、同時に問題も数多くありましたね。





<あらすじ>

紆余曲折を経て6年ぶりに東京地方検察庁城西支部に戻ってきた「型破りで変人であるが、優れた検事」でもある久利生公平(木村拓哉)。ある日、離婚問題でてんぱっている芝山検事(阿部寛)に代わり、彼が引き受けていた傷害致死事件の裁判を引き受けることになる。

殺人事件とは言え、容疑者は当初から容疑を認めており、さらに目撃者も存在していることもあり、久利生にとっては容易な案件であるように思われた・・・。

しかし、公判が始まるや否や、容疑者は取調べの時の謙虚な姿勢とは打って変わって一貫して無罪であると主張する。しかも、彼はフリーターであるにも関わらず、その弁護人は日本でも有数の弁護士である蒲生(松本幸四郎)。久利生をはじめとした流石の東京地検の面々もこれには驚きを隠せなず動揺する・・・。

だが、こういうことになったのにはきちんとした理由があった。この事件及びその容疑者の存在が、久利生との因縁浅からぬ大物代議士花岡(タモリ)の贈収賄事件の行く末を大きく左右するものであったのだ。蒲生を容疑者の弁護士につけたのも花岡サイドの差し金であった。

黛(香川照之)をはじめとした東京地検特捜部の面々は、花岡を挙げるため事件捜査・立件の主導権を譲るよう久利生に迫るが、彼の正義感とあくまで目の前の傷害致死事件の真相究明にのみ拘る姿勢がそれを拒否する。そして舞台は思わぬことから韓国にまで及ぶことになった・・・。


<感想など>


結論から言うと、当初の予想よりは遥かに面白かった。実力・魅力ある役者とそれらが演じるキャラクターの立ちまくった役の面白さ、軽妙でギャグ満載の会話。そして、このシリーズ通して全くぶれることのない、木村演じる久利生の変人さや型破りさの裏に潜む「犯罪を憎む心」「被害者に対する配慮」「強い正義感」・・・。


役者が上記このシリーズの特性・面白みを完璧に理解した上で、自分に求められていることを高いレベルで確実にこなしている。

中でも木村演じる久利生の検事哲学は、日々あまりに多くの事件が起こっていることもあり、マスコミや一般市民が得てして忘れがちな「事件それぞれに、それによる甚大な被害を受けた人が居る」という事実を確認させてくれる。


しかし、悲しいかな、結局のところ良くも悪くも、TVシリーズ開始当初から分かりきっている魅力・面白さ「だけ」が出ていたに過ぎない。それ以上のものは存在しない。

TVシリーズを毎週欠かさず観ていたようなファンであるのなら、それなりに楽しめはするだろう。


だが、今作は「TVドラマ」ではなく「映画」である。映画は、その理由はどうあれ能動的な意志を持ってわざわざ金を払って観る、という点でTVドラマとは決定的に違う。当然そこにはTVシリーズにはない「映画」ならではの何らかしらの付加価値があってしかるべきであろう。

しかし、今作を作った人間はこのことを「全くわかっていない」とまでは言わないが、かなり間違った形で認識しているとしか思えないところがある。それが、映画としての魅力を上げるどころか逆にTVシリーズと比べても「作品の質」の低下に繋がったと私は考える。


その具体的なことは、テレビドラマ作品やアニメ作品が映画化したときに往々にしてある、過去に登場した重要人物が勢ぞろいするという「オールスター的役者の総出演」「特別な舞台(ここでは映画)が故のスペシャルゲストの出演」が「話・演出のしまりのなさ」をもたらしていることである。

その最たるものが、韓国パートの存在そのものであろう。「イ・ビョンホンとキムタク」と日韓を代表する人気俳優の共演!!という宣伝文句のためにとってつけた感が否めない。作品を考える上で全く必要がない。

それは、中井貴一と綾瀬はるかにも言える。何かもう、出番を作るために話をでっち上げた、としか思えない。


結局こういった無駄な人物の登場とそれらが織り成す無駄話の存在は、法廷モノ作品として肝心要であり醍醐味でもある「事件の謎解き・真相」「法廷場面」を大いに犠牲にしただけであった・・・。


確かに、チンピラフリーターによる傷害致死事件の裁判の行く末が大物政治家の贈収賄事件裁判の行く末を左右するという設定は面白い。しかし、それに反し謎解きがあまりにお粗末。

核心部分になるのであまり詳しく書けないのだが、駐車場の場面と携帯写真の場面を見ただけで、ことの真相・話のオチが完全に分かってしまった。何て安直なんだろうと観ていて思わずにはいられない・・・。


そして、検察官と弁護人とのやり取りもあんまりだ。検察側が圧倒的に不利な状況から逆転する、ってなことはなく、既に最終法廷に入ったところで検察側がかなり有利になっているのはどういうことなのだろうか?
よって、序盤から中盤の場面では、まあそれなりの凄さを見せた幸四郎演じる蒲生弁護士さまであるが、最後の法廷場面では殆ど無言とほぼ一方的にやられまくりな展開。ただただやられるためだけに存在する雑魚。最後の最後に「量刑に納得行かないので控訴する」などとのたまっておられたが、すべてが虚しいだけ。

「最後には弁護よりも、弁護士としての社会的使命に目覚め・・・」ってな感じの制作者側の意図があるのだろうが、あまりに木村の一人舞台となりすぎている。もちろん、それが故の良さもあるにはあるのだが、法廷モノ作品として観た場合には完全に落第だ。

ぐだぐだ書いてきたが、要は、番組放送時よりも圧倒的にステータスを上げた役者達のマンパワーや演技力に依存しているだけで話に何にも光るものがないということだ。制作者側の金儲けとしてはこれでも良いのだろうが、映画文化を考える上ではこのような映画の作りは大いに問題があると思う。


テレビシリーズの熱心なファンは観に行っても良いとは思うが、そうでない人にはそれほどお勧めしない。時間と金に余裕があれば、というところ。
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2007/09/28 01:44|映画評トラックバック:0コメント:0

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