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映画評「ヒトラーの贋札」~描写に長けた映画

・評価:85点

今年初の洋画作品となる今作を取り上げます。傑作と言ってよい素晴らしい映画であると思います。続きはまた。






<あらすじ>

ユダヤ人のサニー(カール・マルコヴィックス)は、絵や彫刻をはじめ美術・芸術に関する優れた技術と知識の持ち主であったがそれを芸術活動にいかさず贋札作りを行っていた。それで儲けた金でギャンブルと酒と女に興じる毎日・・・。

そんな日々も長くは続かない。国際的に指名手配されていた彼は捜査官のヘルツォーク(デーヴィト・シュトリーゾフ)に逮捕される。ユダヤ人である彼は、即強制収容所へと送られた。そこは、ユダヤ人が虫けらのように扱われる地獄としか言いようのない世界。しかし、彼は持前の頭脳と美術センスを駆使することで看守のドイツ人に取り入り、地獄の中で少しでも光明を見出そうと日々奮闘していたのだが・・・。そんな彼に大きな転機が唐突に訪れる。ザクセンハウゼン収容所へと移送されることになったのだ。サニー及びその他数名の移送されたユダヤ人らは死を覚悟した。

しかし、彼らを待っていたのは当人たちの予想とはまったく違うことであった。きちんとした衣食住が与えられるだけでなく、何と音楽を聴くことも会話を交わすことも煙草を吸うことも許されるという、今までとは全く違う「天国」のような扱いであった。そう、彼らは殺されるためにここに移送させられたわけではなかったのだ。

そう、ナチスドイツの敵国イギリスの国内経済に打撃を与えるため、大規模なニセポンド札の製造計画~通称ベルンハルト計画のため、各々特殊技能や知識に秀でた彼らはここに移送されたのである。

彼らに与えられた使命は「完璧な偽札」を作ることただ一点。それを達成できなければ、彼らを待っているのは死のみ。優れた贋札師であったサリーは、ユダヤ人で構成されたチームの中で頭角を現しリーダー的存在となっていく・・・。はじめは、収容所とは思えない厚遇ぶりにユダヤ人らは浮かれとも言える様子を見せるのであるが・・・。

だが、より「完璧な贋札」を作ることは、一方でナチスを喜ばすことであり、それはイコール他の収容所に居る自分たちの家族や同胞の命を奪う行為に加担することでもあった。保身・良心・正義・・・、彼らの心に様々な葛藤が生じる。しかし、贋札を作らなければ彼らに明日はない・・・。贋札完成までに与えられた時間はもう多くはなかった。



<感想など>

今作は実際にナチスドイツにより行われたベルンハルト作戦を題材にして作られた「ノンフィクションに近い」作品である。

ただ、従来の戦争映画~特に第二次世界大戦の欧州戦線やナチスドイツの戦争犯罪を扱ったそれらとは違い、話が壮大になったり事実の描写のみに終始したりすることはなく、彼らが収容されている施設と、その施設と薄壁で隔てられた「外側の世界(=従来のユダヤ人収容所)」という非常に限定された空間における、贋札作りに従事させられるユダヤ人の人間ドラマが主題となっているのが大きな特徴であり、今作の見どころでもある。ベルンハルト作戦を題材としてはいるが、その作戦の詳細な内容の提示やその歴史的解釈などはあくまで副次的な扱いにすぎない。目を覆わんばかりのショッキングな描写があるにはあるが、その他同種の作品に比べるとかなり少なめに抑えられているのも今作の特徴の一つだろう。

しかし、だからと言って今作にいわゆる戦争映画やナチスにある批判性や反戦要素がないわけではない。従来の作品とは全く違った手法でこれらテーゼを見事に浮き立たせているのである。中でも対比表現を柱とした表現・演出はその最たるものだ。

それは大きく分けて二つある。

一つは、「ベルンハルト作戦に従事しているユダヤ人の居るこちら側の世界」と薄い壁板を介して隔てられた「従来の収容所であるあちらの世界」との対比。

今作では話の大半が「こちら側」の世界で進み、「あちら側」の描写は殆どない。しかし、何らかしらの偶然や親衛隊の人間の気まぐれで生じる、「あちら側」における凄惨なユダヤ人虐殺を、映像ではなく音声や間接的な映像描写(あちら側のユダヤ人を貫いた弾丸や流れ弾が敷地内に飛んでくる)をして突如彼らの生活空間を脅かすかのような形で表現し伝える手法は、

「住んでいる世界の見た目こそ絶対的な違いがあるが、贋札作りという目的のために生かされているに過ぎない自分たちも、その境遇に関し結局はその他同胞とさしたる違いはなく、いつ殺されても不思議ではない」

というメンバーの心的恐怖・緊張感を見事に創出するだけでなく、あえて「あちらの世界」を見せず、観客と主登場キャラとの間に外の世界に対する情報・知見を同一にすることで作品や主要人物に対する観客からの感情移入を引き出す多大な貢献をしている。贋札作りのメンバーと同じような状況・心境で、「いったいこの先の自分たちはどうなるのだろうか」と考えることしきり。既得権(ここでは強制収容所らしからぬ厚遇)をいったん得た人間がそれを手放す(ここでは本来の収容所に戻されるか、ないしは殺される)恐怖を否が応でも感じさせてくれる。

そしてこの演出方法は、彼らがドイツの敗北により解放されることになる最終場面に最大の威力を発揮する。ここは大変な見どころなので是非ともご自身の目で確認いただきたいところ。


そして、もう一つは、極限状況における複数の正義・信念の並列・対比である。

あらすじのところでも少し書いたが、贋札を作る行為はダイレクトにナチスドイツを喜ばし、しいては同胞を危険にさらすことへと確実に繋がる。かといって贋札作りを拒否すれば、待っているのは死。

自分の保身のために進んで贋札を作る者、同胞を苦しめないために自分の命を顧みず贋札作りを妨害しようとする者の思惑・利害が激しく交錯し、時にそれは凄惨な内ゲバの様相を見せる。どちらを選択しても「仲間」を危険にさらす行為であるが、どちらの行為も人として責められるものでもない。

だからこそ、こういった過酷な選択や行為を強いる「戦争」そのものの残酷さや不条理さ、ナチスの犯罪の深さ・重さがこの上なく観ている方に伝わってくるのである。


ただ、今作の出来・評価とは関係ないが、ここ2年くらい今作のような第二次大戦時代を舞台とする史実を扱った・史実を元にした作品が多いのが気になる。硫黄島シリーズ以降か、このような感じを受けるのは。まあ、海外の作品がすべて日本で上映されているわけではないので、日本公開となっている作品がそういう傾向にあるだけなのかもしれないが、個人的には完全オリジナルの作品をもっと観たいと思う。
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2008/01/30 01:01|映画評トラックバック:0コメント:0

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