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映画評「Sweet Rain 死神の精度」~これはないんじゃないの?

・評価:50点
(金城武か小西真奈美のファンであれば、プラス5~10点くらい)

予告を観た感じの魅力のなさ&個人的に伊坂幸太郎が大っ嫌いという2大要素があり、きっと「地雷作品」だなと思い、個人的に大好きな小西真奈美が出演しているにも関わらず意図的に避けてきた今作。だが、知人何名かの強い推薦やそこそこの作品を作っている「ROBOT」製作ということもあってようやく観にいってきた今作。

しかし、結果としては上記当初の個人的不安がモロに適中してしまったダメ作品に相成ってしまったとしか思えないでいる。ポイント累積で無料で鑑賞したとはいえ「もったいない」との思いでいっぱいだ・・・。





<あらすじ>

千葉(金城武)は、死ぬことが予定された人間を7日間観察したのち、「実行」=死か「見送り」=生かを判定するのを仕事としている「死神」だ。何故か「ミュージック」を「人類最高の発明」だと称え、愛してやまないという変わった面もあるが、他の死神のように判定する相手に感情を挟むことなく淡々と職務をこなしていった。今回の判定対象となっている、電器メーカーの苦情処理係に勤務する27歳のOL藤木一恵(小西真奈美)に関しても、当の本人が「人生に未練はない」ということもあり、いつもの如く「実行」になるはずだった・・・。しかし、彼女との出会いと、彼女に下した判定の結果が死神である彼にすら予想もつかない事態をもたらすことに・・・。


<感想など>

世間や業界からいくら賞賛され、もてはやされていようと個人的に全く評価できない、好きになれないエンタメ関係者が居る。今作の原作本の執筆者である伊坂幸太郎は、まさしくその一人。彼が執筆した作中主人公に共通する「自分だけは特別」「自分だけは何をやっても許される」と、やたらと自分を絶対視する魅力も減ったくれもないバカな人物描写と、その人物をして語らせる作者の政治・社会・時世に対する考え方は、はっきり言って観ていてうんざりしてくる。出世作であり、2009年には映画公開されることが決まっている「重力ピエロ」や既に映画化公開された「陽気なギャングは地球を回す」はその典型で、個人的には赤点以下レベルの点以外つけようのないゴミ作品だ。彼の人間性・作家性を一言で表現すると「いちびり」。故に私は彼を「いちびり伊坂」と称すことにしている。

よって、この人物が原作者という時点で何ら期待が持てなかったのだが、映画版である今作は、ダメ作品ではあるが、同時に「珍作・奇作」に近い意味不明な点が目立つ作品になったようにも思う。

それらの要因が、伊坂執筆の原作本からくるのか、それとも現在フジテレビ系列ドラマ「ロス:タイム:ライフ」でダメっぷりを見せている筧昌也監督のセンスのなさからくるのか分からないが、意味の分からないところ、スベッているところが多い。真剣にやっているとしたら寒すぎるし、ウケ狙いでやっているとしたら尚酷過ぎる・・・。

この作品、それぞれの別の時代と登場人物を扱った3部構成で、最後に1つの話として収束する、という王道のオムニバス構成である。が、まず、つかみである小西真奈美主演の第1話の、特にオチが酷い。ネタばれになりすぎるので詳細はあまり書けないのだが、小西演じるヒロイン藤木一恵がストーカーという概念なき時代にストーカーとしか言いようのない人物に付きまとわれる、という描写を殊更に見せ、そのことが「実行=死」につながるのでは、と極めて王道且つベタベタな展開を鑑賞者に思わせておいて実は・・・。という流れになるのだが、その思わせぶりな展開と「オチ」との間に論理的・構造的隔たりがあり過ぎで、まったくもって機能しておらず説得力にも欠ける、と言うよりもあからさまにおかしい。ある才能にほれ込んだとしてもこのようなアプローチ方法は、対人関係や社会人としての常識を考える上で絶対にありえない。結局話の種明かし部分は、真にストーカーな人物が警察などに捕まった際にするであろうトンデモな言い訳と同レベルの論理性・説得力しかない。観客を作品の世界観に引き込まなければならない1話目での失敗のほとんどがここに集約されてしまっている。よって、後々の2話を経て1つの作品になるとことを当然の如く理解出来ているからこそ、まずの1話終了の時点で完全にブツ切れ感を出していては、お話にならないのである。

で、人類世界に精通していない金城演じる死神と、彼が好きな「ミュージック」に絡むギャグやオヤジギャグ的ダジャレのオンパレードが、このグタグタさに輪をかけてしまっている。時代性やそもそもの種族の違いから端を発す「カルチャーギャップ」「ジェネレーションギャップ」をギャグの基盤にするのは、エンタメのセオリーであるが、それがここまで上手くいっていないのはある意味見事としか言いようがないだろう。金城の、台詞が長くなるととたんにボロを出すセリフ回しの稚拙さは、人類に精通していない死神のキャラクター性を表現する上ではそれなりの効果を発揮しているが、ギャグ面に関してはより寒々しくすることと今作の珍作ぶりを見せつけることにしか繋がっていない。


そして、もう一つ理解しがたいのは、富司純子演じる老美容師が主役となる最終話において登場する、奥田恵梨華演じる少女アンドロイドの存在。奥田は結構かわいらしくていいのだが、単に1話からの「かなりの時間の経過」を認識させる以外の存在価値を全く見出せない。1話の最後といい、少女アンドロイドの理解不能な登場といい、「日経エンタテイメント」の2008年4月号では「ヒットメーカー列伝」において取り上げられもした筧の根本的なところでのセンスのなさが噴出しまくっている。勘弁してほしい。

筧や伊坂とは関係ないが、2話で下っ端チンピラを演じた石田卓也の、相変わらずのワンパターン演技にも辟易する。役柄の問題もあろうが、彼自身の演技・魅力の問題もあろう。松田兄弟といい、松山ケンイチといい、この石田といい、この程度の人物らが中心となって支えられている若手男優シーンのレベルの低さにはただただ悲しくなってくる。


しかし、そんなこんなの今作ではあれど、死神を演じた金城や藤木一恵を演じた小西真奈美、老美容師を演じた富司らのマンパワーと、最終場面のすがすがしさは良かったと思う。文句を散々言いながらもこの点数なのはそのため。

逆に言うと、きちっとしたストーリーや演出さえされていれば、もっと良くなったと思うことしきり。「ロス:タイム:ライフ」や今作のような作品しか作れない筧は、自分が死神なら間違いなく「実行」の判定を下す。
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2008/04/19 02:03|映画評トラックバック:0コメント:0

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