バツ丸のエンタメ問答

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映画評「砂時計」~

・評価:60点
(夏帆ファンが故のかなり甘甘な評価。夏帆や松下奈緒のファンでなければ、原作・昼ドラ版を知っている知っていないにかかわらず50点以下)






<あらすじ>(*劇場版)

14歳の時、両親の離婚により、母・美和子(戸田菜穂)に連れられ、母の故郷である島根県に住むことになった水瀬杏(夏帆)。しかし、東京育ちの杏にとって、田舎によくある、やたらと人のことを詮索し、かと言えば当人のいないところでその人の悪口を平然と言う風潮にどうしてもなじめず、好きになれずにいた。

しかし、近所に住む北村大吾(池松壮亮)との出会いが、そんな彼女を大きく変えていく。最初はその愛想のない口調や人使いの荒さに怒りを感じ反発していたが、その裏に隠された優しさを知るにつれやがて打ちとけていく。また、その彼を通じて、地元名家の子息である月島藤・月島椎香兄弟(塚田健太・岡本杏理)と出会い友情を深めていく。嫌いで仕方なかったこの村に自分の居場所を見つけた杏はイキイキと生活するようになっていった。

だが、そんな杏とは対照的に、離婚後ふさぎこんでいた母は、そんな杏の明るさや祖母の美佐代の厳しい叱責により心的に一層追い詰められ、ついに杏を残して自殺してしまう・・・。

母の自殺を止められなかったことに対する自責の念と、母に置いておかれたことによる孤独感に苛まされた杏は、悲しみのあまり、「弱虫」の言葉とともに母からもらった大切な思い出の品である砂時計を遺影に投げつけるのだった。

その杏の悲壮な姿を見た大吾は、遺影に投げつけられたことにより壊れた砂時計を直し、杏に手渡すと共に、「ずっと一緒におっちゃるけん」と彼女を優しく抱き締める。2人の恋の始まり・・・。しかし、それは杏の苦難の人生の始まりでもあったのだった・・・。


<感想など>

フジテレビ製作の「海猿」の成功以降、人気漫画ないしは小説の、「映画化→TVドラマ化→映画化」「TVドラマ化→映画化」という手法がやたらととられるようになったと感じる。

しかし、キャストや製作者を固定したことが成功要因であった「海猿」を除き、「先に公開」された方の作品を後者が超えられていないのが現状である。「世界の中心で愛をさけぶ」「いま、会いにいきます」「タイヨウのうた」などなどが、そのいい例であろう。

で、今更語るまでもない、芦原妃名子原作で少女マンガ史上に残る名作である「砂時計」。原作はもちろん、TBS系『愛の劇場』枠で放送されたTVドラマ版の出来が非常に素晴らしかったこともあり、既に失敗例として存在している上記作品ら以上に、そもそも「映画化する必要があったのか」との疑念が拭えなかった今作。実際に観た結果、この映画にからむ利権で得をしたであろう事務所関係者を筆頭とする業界関係者や出演俳優の熱心なファン以外誰も喜ぶことがないであろう、上記作品らの「後発作品」以上のダメさ加減を見せただけの作品と相成った・・・。

さて、かなり長きにわたり、そのダメダメなこととその理由を書いていくが、とにもかくにも、根本的なところでの構造的欠陥がそのすべての大元になっていると断じることができる。

上記失敗例の作品と今作との決定的な違いは、そもそもの土台となっている作品の分量が圧倒的に多いことである。大方が文量の少ない薄っぺらな小説に対し、今作はコミック全8巻分、テレビドラマで60話分ととんでもない差だ。これだけの内容をたかだか2時間程度の尺にまとめることが、映画論・芸術論以前に常識として無理であることを誰しもが理解できるはず・・・。何故優れた昼ドラ版放送の1年後にわざわざこんな愚行を犯すのか、私にはまったく理解できない。

その結果どうなったかと言うと、今までに散々あった「長尺の作品を無理やり映画化した作品」と同様の(~個人的に「2時間の京都旅行」か「2時間のディズニーランドまわり」とよく例える~)、単に重要場面の上っ面をなぞっただけの、原作や昼ドラ版を知っている人にとっては物足りず、未見の人々にとっては、「何でここでこの人物がこういうセリフを言うのか、こういう行動をとったのか」「何でこういう展開になったのか」などがさっぱり理解不能なダイジェスト版と相成った。少しのしつこさやうっとおしさもあるが、とにかく緻密丁寧にあぶりだした主登場人物らの心理描写や人物描写という、「砂時計」の持つ絶対的な見所がどこを探しても見当たらない。

その象徴とも言えるのが、母親の自殺及びそれに絡む描写だ。

杏は、自分が不用意にいった「がんばれ」の一言が母親を死に追いやったと思い(思いこみ)、それが彼女のその後の人格形成・対人関係・恋愛観に大きな影響を及ぼすことになり、杏を苦しめ続けていく・・・。そのため昼ドラ版では執拗に杏が母親に「がんばれ」と言った場面や無邪気な笑顔を見せる場面が繰り返された。当然だ。しかし、こうした演出やストーリー構成があったからこそ、紆余曲折を経て杏と大吾が結ばれる最後にいたく感動するのである。

が、何をとち狂ったか劇場版である今作を観ている限りでは、どうひいき目に観ても杏の存在や行動が母親を追い詰めたとは思えず、どちらかと言うと祖母が母に言った「しゃんとせい!!」の言葉がそうしたとしか思えない。もう、この作品を否定していると言っていいかもしれない。よって原作やテレビにあった、ぐっとくるセリフが出ても全く感動できないのである。

後、あまりに長くなり過ぎるので詳細までは書けないが、他にも、月島兄弟と杏・大吾との関係がきちんと描かれていないことや、母の自殺が杏に与えた影響を際立たせることになる、大吾との恋愛関係におけるライバルとなる女性楢崎歩・月島椎香との大吾をめぐるやり取りや、大吾と佐倉との杏をめぐるやり取りの描写はほぼ皆無(楢崎歩に関しては存在自体なし)で、恋愛・青春作品の主たる見どころである「多角的恋愛関係による、どきどきハラハラ且つ親近感のある愛憎劇」が存在しない。そのくせ、時間的な制約のある映画でやる必要性を見いだせない藤の失踪や椎香の出生の秘密のエピソードに時間を費やしたりと、もうダメダメのてんこもり。

今まで書いたことにも関わるが、もう一つの大きな問題は、大人時代の杏の場面が相対的に多いことだ。と言うか、クレジットで最初に名前が出てくることや予告映像での出演比率をから考えて、あくまで松下奈緒が主役であり、その彼女演じる大人の杏が現在から過去を振り返るという構成となっている。しかし、昼ドラ版においては大人の杏が出てきたのは、全60話のうち44話からだったはず。大人の杏はもちろん重要すぎる役柄とは言え、全体に占める出番の比率は多いとまでは言えない。

まあ、松下奈緒を主役ということにしたい、まさに芸能界大人の事情が故の構成なのだろうが、このことは、ただでさえ長編作品を無理やり2時間程度の映画にまとめなければならないことによる上記弊害を一層助長する最悪な結果をもたらしただけ(このことはもう一つの問題を強調しもしたが、そのことは後述する。)。

挙句の果てに、この大人パートにおける、海辺で息絶えている母親の姿が何度も差し込まれ、または、母親と杏が入れ替わったり、果てまたその母親が死んだ場所である浜辺を、今度は手首を切った杏が「貞子よろしく!!」と言わんばかりに血まみれになりながらはいずりまわったりと、原作にも昼ドラにもなかったB級ホラー的作風・演出も、さらに今作をつまらなくしている・・・。


そして、とどめは主要キャラを演じる役者の魅力と演技か・・・。

ルックスに関しては、女性陣に関しては、概ねいい勝負か、「大人時代の杏・子ども時代の椎香」に関してやや映画版の方が上か、といったところだが、こと大吾・佐倉という今作のキーパーソンとなる男性に関しては、明らかにレベルダウンしている。映画版の男優が単にイケメンではない、ということもあるが、それ以上に見た目が役に適していないからだろう。これでは何のための後発映画版か理解できない。

しかし、それ以上に昼ドラ版との差を感じたのは、役者の演技の差。これは技術的なものと言うよりも、観ていてひしと伝わってくる作品や役に対する意気込み・気迫の差と言った方がいいだろう。これに関しては、昼ドラ版の圧勝であり比べるだけ失礼。単純に演技技術に関しても、大人時代の杏を演じた松下、大人時代の椎香を演じた伴杏里、子供時代の椎香を演じた岡本は昼ドラ版のそれぞれを演じた役者にかなり劣っている。役に対する適性を考慮しない、事務所絡みでの思惑が見え隠れするキャスティングが招いた悪しき結果だ。

で、どれを取り上げても「負け試合」の様相を見せるなか、一人「例外」とも言える圧倒的なパフォーマンス・魅力を発揮していたのが、少女時代の杏を演じた夏帆である。気迫・意気込みこそ昼ドラ版同役の小林涼子に軍配があがるが、それ以外の点に関し、夏帆が圧倒していた。他の何者にも見せることの出来ないナチュラルなビジュアルの美しさと様々な感情を的確に表現できている表情のうまさ、演技の上手さは、一人「映画がつまらなくてごめんなさい。でも、私に免じて許して。」と鑑賞者に訴えているかのように思えてしまう。うるさ型の私も彼女のかわいさに「しょうがない、許してやる!!」と全面降伏するしかない。まだまだ青い女優かと思っていたら、いつの間にこれほどまでの女優としての風格をまとっていたのか・・・。「天然コケッコー」「東京少女」「うた魂」、そして今作を通じ、彼女の女優としての資質・魅力が爆発的に進化発展している。もう、Wあおいや堀北真希に比肩する存在と言ってもいいのではないだろうか・・・。大吾に「会いたいよ」と言っている所や、彼女の胸の大きさと形の良さとをダイレクトに感じさせる自転車の立ちこぎ場面などは、夏帆ファンにとっては煩悩直球の危険極まりない魅力を発しており、夏帆ファンならこの両場面を観るためだけに足を運ぶべし!!と断言する。

だが、このスーパーナチュラルパワーの持ち主である夏帆の存在が、同じ役の大人時代を演じた松下と、椎香を演じた事務所の後輩岡本の演技力のなさ、マンパワーのなさとを浮き立たせる結果になってしまったのも事実。同レベルで役者の魅力・実力が拮抗し魅力を増していた昼ドラ版との、これまた非常に大きな差となってしまった・・・。

そもそも、夏帆演じる役の12年後を松下が演じるのは無理がある。夏帆は綺麗な卵型の顔で肉感的なおっとり天然系の美少女。一方の松下はスレンダーで知的な姉さん系美女・・・。両者にあるあからさまな「胸の大きさ」の差には、観ていて笑ってしまわずにはいられなかった。


映画としては何一つ誉めるところがないが、夏帆のスーパーナチュラルパワーを堪能するために夏帆ファンなら観る価値のある作品だ。
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2008/04/30 02:11|映画評トラックバック:1コメント:0

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砂時計 ストーリー 杏
バツ丸のエンタメ問答 映画評「砂時計」~ そのため昼ドラ版では執拗に杏が母親に「がんばれ」と言った場面や無邪気な笑顔を見せる場面が繰り返された。当然だ。しかし、こうした演出やストーリー構成があったからこそ、紆余曲折を経て杏と大吾が結ばれる最後にいたく感
砂時計 2008/11/23(日) 11:29

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