バツ丸のエンタメ問答

音楽・映画・本好きのためのよろずやブログ

ホーム 全記事一覧 << 前の記事 次の記事 >>

カレンダー 

06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

ただいまのお時間 

最近の記事 

月別アーカイブ 

カテゴリー 

最近のコメント 

最近のトラックバック 

おすすめ書籍 



読書履歴! 









検索 

ブロとも申請フォーム 

この人とブロともになる

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。




--/--/-- --:--|スポンサー広告

映画評「少林少女」~矛盾だらけのダメダメ作品

・評価:20点
(山崎真実の美しさ・存在感・ナイスバディー具合にお宝映像を観るためだけの作品)


既に各所から酷評の雨嵐の今作。個人的事情でどうしても今作か「相棒」の、両方ともテレビ局主導で製作された&極めて評価低い・評判が悪い作品どちらかを観なければならなかったのだが、「アクション作品の方がスクリーンで映える」「若い女の子がいっぱい出演している」という至極低俗且つ安易な理由で今作を選択。その判断が正しかったかどうかは「相棒」を観ていないから何とも言えないのだが、各所の酷評が決して的外れでないことだけは確実に理解することができた・・・。


<今回は結構ネタばれあり。読まれる際ご注意ください。>





<あらすじ>

中国少林拳武術学校において3千日の修行を積んだ凛(柴咲コウ)は、日本へと戻り少林拳を世に広めるため祖父が開いていた道場に向かった。が、彼女がそこに見たのは、廃墟と化した、見るも無残な道場の姿であった。祖父は他界したものの、弟子らが道場を継いだはず・・・。何故こうなってしまったのかの理由を知るべくかつての兄弟子たちを探しまわる。かつての先生であり今は町外れで中華料理屋を営んでいる岩井拳児(江口洋介)の下を訪れるが、その変わり果てた姿に驚きつつも道場に何が起こったのか問い詰める。しかし、「もう少林拳はやめた」以外まともな答えを聞くことはできなかった。

道場に戻り一人たたずんでいる凛の下に岩井の中華屋でバイトをしている劉(キティ・チャン)が訪れる。劉が少林拳を習うという条件と引き換えに、ラクロス部の助っ人としてラクロスをやる羽目になったのだが・・・。

大学において非凡な身体能力を見せる凛を執拗に見つめる者がいた・・・。


<感想など>

ここ数年、「テレビ局主導で製作された映画」が邦画界において幅を利かせている。そのほとんどが、普通に丁寧に作り上げさえすれば良作になる可能性に満ちているのにも関わらず、ツメの甘さで凡作にしてしまうどころか、それ以上の数のどうしようもない「駄作・ゴミ作品」を生み出しているのが実情である。

「踊る大捜査線」の亀山千広&本広克行コンビと「少林サッカー」のチャウ・シンチーが送る、柴咲コウ主演のカンフーアクション映画である今作も、その例に漏れることのない、今年屈指のダメ作品ぶりを堪能させてくれた・・・。


まず、予想通りアクションが貧弱に過ぎる。恐らく今作のアクションを評価するような人は、年に1・2本程度しか映画を観ないような人間だろうが、そんな人間をごまかすことはできても、そういう作品をそれなり以上に観てきた人々にとっては子供だましでしかない。

もともと運動がお世辞でも得意とは言えない柴咲の動きははっきり言って悪い。特に掴みであるファーストアクション側転の着地失敗シーンだけでなく、2者を相手にした最初の格闘においても、緩慢な動きしか見せられていない。がんばりは確かに見てとれる。しかし、着実な結果を出せてこそのプロ作品。努力したことしか成果として見せられていない時点で映画作品として既に半分終わっている。

終盤のアクションシーンに関しても、白の人民服を着て空手家・剣術家といった面々と闘うシーンは「ドラゴン怒りの鉄拳」からの、雑魚に周囲を包囲された主人公がひとりで多数の雑魚を相手するシーンと鏡面張りの部屋は「燃えよドラゴン」からの、塔っぽい建物で敵が一人ずつ出て来、戦うという流れは「死亡遊戯」からの露骨なパクリを感じさせるが、スルーしただけの鏡面部屋をはじめ、単に「それっぽさ」を出しただけの劣化パクリとしか言いようがなく、往年の名作にある要素を生かしてより良いものに作品を仕上げようとする意図が皆無。パクリ元の作品のファンにとっては、この有様に怒りしかない。

また、映画作品としての全体的な構成もおかしく、前半のラクロスシーン主軸とした映像構成・ストーリー構成・友情スポーツドラマ的内容と、後半の悪の学長とその手下らとの闘い中心のストーリーの間に何の関係性も見られない。ラクロスを通じて習得したことやそこではぐくんだ友情などが終盤の闘いにおいて反映されてはいない。

だが、実はこういったアクション面での問題や基本構成での問題が今作の致命的な問題でないことが、今作の真の問題であり今作のどうしようもなさの象徴である。それが何かと言うと、作中人物らの言っていることとやっていることとが全く違う・論理的に破たんしているに尽きる。

1つはすでに各所で散々指摘されている、凛のラクロスデビュー試合だ。

この試合、試合前から江口演じる岩井が指摘し、結局その通りに「圧倒的な力を持つ凛のチームプレイを無視したスタンドプレイのせいで負けた」、となり、さらには他のラクロス部員の女性をして「凛は上手いけど・・・」などと言わせているが、この試合のどこをどう見てもそのようには思えない。何せ、たとえば彼女の身体能力の高さが故に、本来は他の人がやるべきプレイを妨げたとか、彼女のスタンドプレイにより敵側を利したといった場面がなく、上記のようによってたかって凛を責めることに全く論理性がない。負けたのは、どこをどう見ても、凛の全くゴールに入らないシュートコントロールの悪さが敗因。彼女の「外れたシュート数の多さ」が明確に示すように、彼女にその力を制御する適切なコントロール力があれば、チームプレイ無視でとにかく彼女にボールを回しさえすれば、スポーツ倫理を考える上では問題はあっても、とにかく勝負には勝てることが明白だからだ。

そして、この「チームプレイ」教訓が全く反映されていないことは、この敗戦試合と対になる、最後におけるこのラクロスチームの快進撃場面を観ても明らか。これら試合においては、凛に少林拳を教わった部員がもうやりたい放題の非人間的技の数々で相手を徹底的になぶっているだけ(100点差とか上位大会の試合でありえるわけないだろう)。この試合の場面からチームプレイの大切さを感じ取れた人が居たら教えていただきたい。


どう好意的に見ても、今作を作った連中には、今作を通して「ラクロスを広めよう」とか「ラクロスの面白さを知ってもらおう」などといった考えはない。それどころか明らかにラクロスを舐めている。ラクロスを選んだのは、若い女性をたくさん出すに足る製作者側の理由づけでしかないことが明らかである。


とんでもない矛盾は他にもある。岩井が凛に対して言った「お前を絶対に守る」との約束もそうだ。

このように言ったにも関わらず、凛を襲う連中のボスである、仲村トオル演じる学長と対峙した彼は、じゃぱに~ず「土下座」で、「手を出すのはやめてくれ」と懇願し倒し、一方的に学長に「無抵抗」でボコられるだけ。

普通、こういうケースの場合、

最初は土下座→聞き入れられない→あまつさえ殴られる→「仕方ない、この手だけは取りたくなかったが・・・」などと言って、強さでは相手の方が上であるが、少林拳の先生ならではの「捨て身の奥義」で相手の戦闘力を奪うないしは殺そうとする→しかし、相手にそれを見透かされ、ないしは実力不足で通じないOR防がれる→逆にやられる→「すまん、●●・・・、約束を守れなくて・・・」(気を失う・死ぬ)

というのが、恐らく王道の流れであろう。西遊記での香取クンを出すまでもなく、一度決めたら最後まで守ろうと全力を以って尽くすのが「約束」というものだ。だかこそ、捨て身でも約束を守れずにやられたことによる悲しみ及び、ボスに対する怒りが、最後の戦いや作品そのものを否応なしに盛り上げるのである。今作においては、岩井が禁を破った自分に課した「禁」を再び破り闘いに望み、だが破れたとしたら、かなり話が盛り上がっただろうに・・・。

しかし、土下座でお願いするだけで一方的にボコられるだけでは、上記約束の言葉を江口と柴咲のどアップ映像を介して江口に言わせたことにいったい何の意味・必然性があろうか? そもそもこんな土下座頼みでやめてくれるような連中であるのなら、悪役として登場させる意味がないわけで。もう何をどう切り取ってみてもおかしさに満ちているのである。

他にも、「少林サッカー」に出演していたデブと眼鏡のおっさん2人に関してもあからさまにおかしい。岩井の中華屋の店員として出演しているのだが、終盤、柴咲が学長の居る学校特別塔に乗り込み戦う場面においては、いわゆる無象の雑魚らを引き付け主人公をボスの元へと行かせる役どころ・見せどころを演じ、かなりの強さをそこで見せているにも関わらず、その前の、自分たちが勤める中華屋を襲撃された時にはほぼ一方的にやられてただけ。何でこういう風にしなければならないのかの理由が全く分からない。ご都合主義にすらなっていない全くの意味不明なシーン・キャラ設定だ。


そんなこんなの、酷過ぎる有様である今作であるが、ひとつだけとても良いことがある。それはラクロス部の部長を演じた山崎真実。流石に元新体操選手で、戦隊モノ作品に出演した経験もあり、柴咲を含めたすべての女優陣の中においても、集団での基礎練習場面をはじめ一人圧倒的な動きの良さを見せている。それのみならず、170センチの長身と健康的でつくべきところにしっかりと肉が付きつつ全体的には「がっちり・ほっそり」を両立させている抜群のスタイルの良さと、端正なルックス、そしてその両方による存在感にほれぼれとする。演技もしっかりしているし・・・。グラビアで日々目にするが、その際にはそれほどよいとは思わなかったが、いや、こんなに良い女優さんだとは驚いた。一気にファンになってしまった。彼女を主役としてまっとうなアクション映画を作れば遥かにマシなものが出来よう。

それだけでも凄い山崎なのに、彼女序盤でとんでもないサービスをしてくれるのだから、もうたまんない。いや、よくもこんなカットが通ったものだと。ある意味「作り手として最低の仕事ぶり」が殿方にとって最高の結果になった・・・。DVD版では、下手をすると修正される可能性があるので、観るなら劇場で・・・。

まあ、それはさておき、よくもまあこんな酷い作品を作り・配給したもんだと怒りを通り越して飽きれてくる。これはその映画が良いとか悪いとか、好きとか嫌いとか以前の、例えば「マックでバイトしているのにそこの制服を着忘れて職場に出勤してしまった」と同レベルの、根本的なところでの問題があまりに多過ぎる。こんな露骨に酷過ぎるミスをスル―して平気で世に送り出すことのできる関係各者の神経が全く以って理解不能。ごく普通の会社の仕事で同種のミスを起こしたら、減給・降格どころか間違いなく解雇だろうに・・・。詐欺や偽装をニュースで告発する側のテレビ局が同じようなことを堂々と大金をかけてしているのだから、お話になっていない。映画とそれを観る人をこれほど侮辱することは他にないだろう。

こういうバカ作品を作った連中やフジテレビが、勝手に沈んでくれるだけならいい。が、実際は「悪貨が良貨を駆逐する」がごとく、邦画シーンや映画業界をそのものの質を下げ、その作品に出演している女優の魅力や実力・評価を削いでいるからして許せない。監督・脚本をはじめ製作の中心となった人物らは速攻で映画製作を辞めた方が良い。映画業界のためだ・・・。

結局、序盤山崎真実のサービスカットを観るために2時間&鑑賞料金を費やすことのできる殿方だけが観に行けば良い作品。
スポンサーサイト




2008/05/07 01:04|映画評トラックバック:0コメント:0

コメント
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する


トラックバック
トラックバックURLはこちら
http://badtzmaru.blog34.fc2.com/tb.php/727-1c0286c2

プロフィール 

聴いた曲の履歴!! 



プレイリスト詳細

アクセスカウンタ 

,
・トータルアクセス



・ユニークアクセス





ランキングに参加しています。よろしければクリックしていただき、投票にご協力いただけたらと思います。

その他コンテンツ 

・バツ丸のヲタク拝見
・過去のレビュー
・以前の他事争論
・名盤紹介
・墓場に持って行きたい曲
・月別CD DVD購入&試聴記録
・アルバムレビューについての説明

リンク 

ブログ検索 

おすすめCD!! 

購入・試聴CD 











DVD・その他 

Copyright(C) 2006 バツ丸のエンタメ問答 All Rights Reserved.
Powered by FC2ブログ. template designed by 遥かなるわらしべ長者への挑戦.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。