バツ丸のエンタメ問答

音楽・映画・本好きのためのよろずやブログ

ホーム 全記事一覧 << 前の記事 次の記事 >>

カレンダー 

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

ただいまのお時間 

最近の記事 

月別アーカイブ 

カテゴリー 

最近のコメント 

最近のトラックバック 

おすすめ書籍 



読書履歴! 









検索 

ブロとも申請フォーム 

この人とブロともになる

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。




--/--/-- --:--|スポンサー広告

久しぶりの読書評~音楽評論における「場の理論」

●南田勝也 「ロックミュージックの社会学」 (青弓社ライブラリー)


(2001/8/20)


超久しぶりの読書評。ま、そこそこに力まず書いていきます。




ヴェーバーやアドルノら20世紀を代表する知の巨人らにより開拓された音楽社会学。

しかし、音楽と人、音楽と社会、音楽と文化といったものの関わりの研究は、その重鎮中の重鎮であるアドルノがそうであったように、クラシック音楽を王道・正統とみなし、それ以外の音楽、特にロックやポップスを下等、低俗とみなす風潮が支配的であったこともあり、クラシックやジャズに比べると歴史は浅い。
(但し、アドルノはジャズ嫌いであったようだが・・・。)

だが、そもそもロックやポップスといった音楽そのものやそれに関する学術研究が、ある意味、権威があるとみなされている音楽(クラシック音楽)、及びそれをめぐる関係者との対立(いわゆるハードロック・パンク等反抗・反体制の象徴としてのロック)と融合(プログレッシブロックのように、クラシックやジャズの要素を内包した芸術性のあるロック)の繰り返しを経て発展してきた歴史的一面がある。

ようは、欧米における音楽社会学や、ロック・ポップスの研究は、フランス社会学の巨人ピエール・ブルデューが示した「ハビトゥス」(文化資本)や階層分化の研究と大きく関わりがあったと言える。


日本において本格的にロック・ポップス研究が行われ、その成果が明確な形で現れてきたのは、1990年代になってからのこと。J-popブームや90年代後半のミリオンヒット時代と呼応するように、進化・発展した。21世紀になり、70年代・80年代ブームの到来もあり、それはより一層強まったように個人的には思える。ようやく本格的研究が始まってきたと言っても良いのではないだろうか。

一概には言えないが、欧米程には、特にこの時代には階層分化がなかった日本においては
(*もちろん、日本においても上流階級がクラシックを好んで聴き、演奏するといったことが厳然と存在し続けているように音楽受容における階層分化は明確に存在する。)、メディア論や消費文化論、または個々のアーティスト研究にどちらかと言うと主眼が置かれていたように思う。


と、何だか書評とずれてきたので本筋に戻すが、本書は、ピエール・ブルデューの「文化資本」理論や「場」の理論を土台にしつつ、前半においては、ロックやポピュラー音楽の社会学的分析を通してその評価や社会的受容の変遷、及びそれらに対する研究の整理をロックミュージックの3つの文化指標~<アート指標><エンターテイメント指標><アウトサイド指標>で区分することで試み、後半はこの3つの指標を盛り込みつつ、1960年代以降の日本のロックの諸相を通史的に評価・分析している。

で、単に自分の理解力や教養が足りないこともあるだろうが、ブルデューの「場」の理論を土台としていることもあって、全体的に、特に前半の難易度は高いように思う。

しかし、やはり彼は偉大であったと言うべきか、ブルデューが積み重ねてきた社会学的研究は音楽評論のありようを考える上でも非常に示唆に富んでいる、というよりもその根本的な土台を作り上げたなとしか言いようがない。

社会や文化といったものは、様々な価値観や文化資本を有す人々の関係性の上に成立している。それは、他者との差異の認識やそれを通じての自己認識の一環であるとも言えよう。

それは、芸術評論の場においても同様である。

あるジャンルやアーティストの分析、いやそれ以前にそのジャンルやアーティストに対する嫌悪の感情や高低の評価を下すには、比較対象となる他ジャンルや他アーティストの存在なくしては不可能である。例えば、ロックやパンクが若者にとって「反抗・反体制の象徴」と足り得たのは、それに対する「正統」な存在とみなされるクラシックやジャズといった音楽の存在やロックを毛嫌いする大人の存在があってのこそ。プログレッシブロックが「前衛・難解」と認識され、「ポストロック」が新時代のロックと言われているのには、そうでない「王道・古典と言うべきロック」の存在があってのこそ。対立の要素を見せてはいるが本質は共依存である。

そういった関係性が生じるのは、自己認識や他者との差異化を土台とした人々の関係が生み出す「意志の総体」「共通意志」「傾向」のようなものの共存・対立があるからである。そこまで大げさに言わなくても、「一般意志」等を表明する「資格・権利」、もしくはそこまで行かなくても「傾向」「性向」と言い換えた方がいいかもしれない。

これらは価値観・美意識・愛情・嫌悪といった観念的・個人的な思想や、年齢・性別・出身地・学歴・財力・教養・外見・社会的地位といった個人的属性や、ビジネスといった具体的な社会的行為、社会や文化の変化、テクノロジーの発達等々により培われる。

文章で説明すると何だかややこしくうっとおしいが、実際、評論の場といった大げさなものでなくても、個人で運営する音楽サイトやブログやSNSでのファンコミュニティーといったもので、こういうことは当たり前のように見受けられる。

例えば、

倉木麻衣で言えば、「1stアルバム」や「3rdアルバム」を名盤とし、「Love day after tomorrow」といった楽曲を代表曲とみなす何となくの傾向がある。

洋楽のロックを愛好するような人で日本のそれを軽視・過小評価している人の比率は決して少なくない。

あるアーティストの主要ファン層が「独身男性」とか「若い女性」とか。

プログレとかポストロックとか難解・前衛な音楽が好きな人には、音楽に一言も二言も有している人が少なくない。

メタル好きな人でラップやレゲエを嫌いな人が多い。

○○の音楽こそ「本物の○○だ!!」

ロックを語るには少なくとも○○の○○を聴いていなければならない。

そして、上記にもあるが、富裕層にはクラシック音楽を聴く人が多い


等々、挙げていけばキリがない。


時には明確に、時には何となくであるこれら「意志」「傾向」は、時にその音楽やアーティストの流行や衰退、地位の高低、さらには新たなジャンルの創成に甚大な影響を与えていることは、もう例を示すまでもないだろう。
まさに、「力学」なのである。


もう、自分でも何を書いているのか分からなくなっているので、この辺で終わるが、洋楽邦楽問わずロックの通史に興味のある人や、ブルデューの文化資本理論に興味のある人、音楽評論に興味のある人でちょっと難解な内容でも問題がない、という方にお勧めしたい。

音楽評論やロック研究をしている人は、その基本図書として必読だろう。



スポンサーサイト




2008/11/23 21:52|読書評トラックバック:0コメント:5

コメント

いつも楽しく読まさせてもらってます。

私的には、世界の人口が60億を超える今、日本人の音楽をそれほど重視してません。
また、ボーカル重視の曲もですね。
女性重視とかも無いですね。

申し訳ないですけど、例えすばらしいと思える曲でも、数十年後議論の対象に上らなくなる確率が高い曲には、時間をあまり取られたくない思いもあります。

多くのジャンルにいいな~と思える曲はありますが、時間がないんですね。 
世界中の膨大な曲を、どれから聞いていこうかいつも悩みます。
どうしても、長年、世界的に議論されている曲を聞く傾向にあります。

でも、バツ丸さんの日本人女性に重点を置いた文章楽しいですよ。





pp #-|2008/11/25(火) 11:13 [ 編集 ]


嫌いとか好き以前に、聞いてない、聞く時間 聞く気力が無い、興味が持てないなどがあるでしょう。

難解な曲になると、それだけで相当回数聞かないと理解出来ないのも多いですし。 ほんと時間がないですね。

子供の時から音楽を勉強され、大学などで研究された方たちの質の高さは感じます。
それと、ヨーロッパなど環境や歴史遺伝など日本との差もあるかな。

しかし、日本の音楽教育の進歩により日本もレベルは上がっているとおもいます。中国や韓国も同じでしょう。
pp #-|2008/11/25(火) 11:39 [ 編集 ]


録音の良し悪しについても、クラシックなどのほうが進んでいるように思います。
オーディオマニアには、クラシックなど聞く人が多いように思います。

ホールの特性とかデッカ、EMIなどレーベルによる音の差、マイクの特性とか。。。

また、アメリカとヨーロッパのピッチの差とか。
平均率と純正律についてとか。
ポピュラー系、クラシック系、オーディオ系などのブログを読んで見ると。。。
pp #-|2008/11/25(火) 12:05 [ 編集 ]


ロックは、攻撃性のある音楽と思うので、狩猟民族系のほうがいいのでは? 草食民族系の日本人は、少し違うかな~と思うことがあります。

サッカーの攻撃性みたいに。

体系的にも、パワフルなボーカルという点で不利か?
pp #-|2008/11/25(火) 13:16 [ 編集 ]

いろいろありますが
>ppさんへ

手厳しいですね。まあ、自分は日本人のボーカルものメインですが、結構いろんな国のいろんなジャンルの音楽を聴きますね。他者の議論どうこうよりも、自分が10年後も愛聴できるかどうかが、選出の基準となりますね。

クラシックなどな幼少時からの英才教育に関し、欧州と日本との間に差があると思います。音楽教育事情はよく分かりませんが、世界的に活躍している人が少なくないですね。

クラシック音楽を聴く人にオーディオマニアが多いのは、クラシック音楽を聴く人にそれが出来る富裕層が多いからだと思います。

>ロックは、攻撃性のある音楽と思うので、狩猟民族系のほうがいいのでは? 草食民族系の日本人は、少し違うかな~と思うことがあります。

これに関しては、失礼ながらナンセンス過ぎるご意見だと思います。

日本人で優れたロックをやる人は多いですよ。日本のレベルは決して低くないと思います。

ボーカルの声量に関しては体型が影響する部分はありますね。

ただ、これは技術や経験でどうにかなる部分でもありますので、絶対的な問題にはなっていないようにも思います。
バツ丸 #-|2008/11/26(水) 23:09 [ 編集 ]

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する


トラックバック
トラックバックURLはこちら
http://badtzmaru.blog34.fc2.com/tb.php/804-b75013ad

プロフィール 

聴いた曲の履歴!! 



プレイリスト詳細

アクセスカウンタ 

,
・トータルアクセス



・ユニークアクセス





ランキングに参加しています。よろしければクリックしていただき、投票にご協力いただけたらと思います。

その他コンテンツ 

・バツ丸のヲタク拝見
・過去のレビュー
・以前の他事争論
・名盤紹介
・墓場に持って行きたい曲
・月別CD DVD購入&試聴記録
・アルバムレビューについての説明

リンク 

ブログ検索 

おすすめCD!! 

購入・試聴CD 











DVD・その他 

Copyright(C) 2006 バツ丸のエンタメ問答 All Rights Reserved.
Powered by FC2ブログ. template designed by 遥かなるわらしべ長者への挑戦.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。